第七話 戻って来ない?

 この日もいつも通り学校を過ごし家に帰ってくる。

「お帰りお兄ちゃん」

 雪子の方が先に帰って来たようだ。

「おうただいま雪子。運動会の練習頑張ってるか? 今週末だろう?」

「うん。頑張ってるよ。今年こそ雨が降らなければいいんだけど…」

 陽一はスマートフォンを取り出して天気予報を確認した。

「降水確率十パーセント。これなら絶対晴れだぞ!」

 教えると雪子は喜んで、

「本当! やったあ!」

 と言った。

「お兄ちゃん見に来てくれる?」

「ああ行くさ。雪子の雄姿を見せてくれよ?」

 雪子と約束をする。陽一も今年こそは運動会が無事に開催できればと思っている。

 話を済ませると自分の部屋に戻る。相変わらずクローゼットから声がする。

「出しなさい! 出しなさいったら!」

 聞かなかったことにして机に向かって宿題をする。今日は英語の宿題が出たので辞書でしらべながら解く。

「無視すんなぁ出せ!」

 そろそろ我慢も限界になってくる。陽一はクローゼットを開けた。

「やっと出す気になったのね?」

「いいや言うことを聞くまで出す気はない」

「あ!」

 陽一は札を両手で持っている。今片方の手を動かせば札は破ける。これが意味することを[ミルエル]は理解している。

「脅してるの?」

「だってそうしないとお前は黙らないだろう?」

 祖父さんから教えてもらったことには式神の作り方と壊し方があった。作り方は簡単だ。死者の魂を和紙か何か、札にできるものに宿せばいい。そしてそれに式神の名前を書く。これで作ることができる。現に陽一は三年前、友人の死をどうしても受け入れられなくてその魂を和紙に宿して[ヤマチオロ]を生み出したのだ。

 壊すのも簡単だ。式神の宿る札を破けばいいだけ。破くというより折り曲げたり丸めたりする以外の方法で式神の名前が読めなくなればいい。焼いたり何かの薬品で溶かしたりするのもありである。

「お前がどうしても自由に飛び回りたいのなら俺に忠誠を誓え。できないのならこれを破く!」

「くっ…」

 最初から破く気はない。[ミルエル]の言う通り脅してみるだけだ。

「だいたいあんたは! 何で私を差別するわけ? [ヤマチオロ]には自由を与えてるくせに!」

「[ヤマチオロ]はどっかに逃げる心配はない。でもお前は違う。なあ、[ヤマチオロ]?」

 部屋を見回すが[ヤマチオロ]の姿がない。

「? [ヤマチオロ]? おいどこだ?」

 時計を見る。もう五時半だ。この時間帯になるまでに[ヤマチオロ]は自分の部屋に必ず帰ってくるのだが…。いない。

「[ヤマチオロ]も嫌気がさしたんじゃない?」

「そんなはずない! [ヤマチオロ]は俺を裏切ったりしない! 生きてた時からな!」

 これには何か事情があるはず…。

 陽一は窓の外を見た。[ヤマチオロ]を探さなければいけない。

「だが…。いつも気ままに行動する[ヤマチオロ]をどうやって探し出す…?」

 今日どこに行くとかはいつも聞かない。帰って来てから聞くからだ。

 陽一はある一つの考えが頭に浮かんだ。そして[ミルエル]を見た。

「お前…。空から探せるか?」

「[ヤマチオロ]を?」

 陽一は頷く。

「そうだ。この町のどこかに[ヤマチオロ]はいる。きっと何か事情があって帰って来れないんだ。もし探し出せるなら札は破かない。それにイワンのところに行かないと約束すればクローゼットから出してやってもいい」

 自由が欲しい[ミルエル]にこの提案は拒めないはずだ。

「本当に自由にしてくれるの? 探し出した後に札にしまったりしない?」

 そう言うということはこの提案を飲む気だ。

「約束する。常に出しっぱなしというわけにはいかないが…。[ヤマチオロ]と同じく朝から夕方までは召喚してやろう」

 陽一はクローゼットから[ミルエル]を出すと窓を開け、そこから飛び出させた。

「いい感じ! この感触忘れていたわ!」

[ミルエル]は家の上を大はしゃぎで飛び回る。

「おい早く探しに行け! そして見つけ次第知らせろ」

「はいはーい」

 そう言うと[ミルエル]は町中へ飛んで行った。イワンの家の方向ではない。ちゃんと仕事をする気だ。それだけでも少し安心できる。

 陽一はポケットから[ヤマチオロ]の札を取り出した。

「[ヤマチオロ]…。早く見つかるといいが…」

 札を破れば式神は壊れる。その逆もあって、式神が破壊されると札も破壊される。今はまだ札はその形をとどめている。だから無事だ。あとは[ミルエル]からの報告を待つだけだが。

「陽一!」

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