第八話

 しかし男は笑い出して、

「そんなはずないだろう」

 と言う。

「んなわけねえだろ! 殺されて嬉しがる奴がいるか!」

 少なくともマリコはそんな奴ではない。

「いやいやいや。よく考えてみてくれよ、小野寺翔気君」

「な、何をだよ?」

 男は自信満々に言う。

「だって、彼女は綺麗なまま、死ぬことができた。もし生きていたら、今はもうオバサンだ。だったら、美しい時に死んで、永遠に綺麗な方がいいだろう?」

「は?」

「だからねえ、彼女は、いや彼女だけじゃない。今まで私が殺してきた美しい女性たち全員は永遠に美しいまま。私に感謝しているはずなんだよ」

 この男は、自分が犯罪を犯していることを理解していないのか? まともな人間ならそんなこと絶対に言わないはずだ。

「もう一度、聞いてみてくれよ。君には見えるし聞こえもするんだろう? ほら、早く」

 聞くまでもない。

「許すはずがねえ!」

 翔気は声を大きくし、叫んだ

「考えたことがないのか! お前が殺してきた人たちの未来を。マリコにだって、他のみんなにだって未来があったのに…。それをお前は潰したんだぞ! こんなことが許される? 感謝される? そんなことありえねえ! 生まれたばかりの赤ん坊にでも理解できる!」

 男は不愉快そうな顔をして、

「どうやら私の話が理解できないみたいだね、小野寺翔気君。それに、麻理子の幽霊も私の行いを理解してくれないみたいだね。非常に残念だ。永遠の美を与えてあげたのに」

「自己満足で殺しておいて、何を言う!」

「ちょっと違うよ。確かに私の中には人を殺したいと思う心があった。だけどね、麻理子を最初に見て思ったんだよ。この人がずうっと美しい姿であったらな、てね」

 男はさっき取り出したナイフを持って、

「だから、彼女たちは私によって、永遠の美を手に入れた。だから私の行いは、寧ろ良いことなんだよ」

「お前…。さっき警官って言ったよな?」

「? そうだが…?」

「だったら、殺人が良いことって何で言えんだよ! 学ばなかったのか、悪いことだって。今まで犯罪者を逮捕したりしてこなかったのか!」

 男はナイフをタンスにしまうと、

「私が今までに逮捕した人数は二十五人だ。そのうち殺人犯は七人」

 男の話は本当だろうか…。だがコイツは、最初に会った日も今日も警察署に勤めていた。警察官としては真面目に働いていたのか?

「でもその殺人犯たちは、全く美しくなかった。金の貸し借りだとか、近所で仲が悪いとか、強請りだとか…」

「犯罪に美しいも醜いもあるか!」

「あるよ。彼らはまず、殺す理由がなってない。それに殺された被害者も、醜い奴らばかり…。はっきり言ってあれでは生きてる価値も死ぬ価値もないね」

「お前がやっていることだって、価値のないことだ! お前が逮捕してきた人たちに、言えたことじゃないだろ!」

「私の行いは大いに価値があるよ。そもそも私が警察官になったのは、証拠隠滅ができるっていうのもあるけどね、私の他にも同じ志を持った人がいないか、探すためだったんだよ」

 男はキッチンの方へ行き、大きめの包丁を取り出した。

「でも本当に残念だ、小野寺翔気君。君は私の美学を理解できずに死ぬんだからね」

 やはり、殺す気だ…。

「私の方も非常に残念なんだよ。どうして君みたいなガキを殺さなければいけないのか…。どうせなら美人の方が良かったなあ。麻理子はどうして君を選んだんだか。人を見る目がないなあ」

 翔気は怒りを覚えた。さっきからこの男、聞いていれば自分は悪いことをしていないだの、良いことをしているだの、言いやがる。おまけに自分のことだけでなく、マリコのことも侮辱している。

「さあ。もう時間だ。君は私にとって二十人目の被害者になる。でも、一番被害を被っているのは私。今年のターゲットはもう決めていてね、君がいるせいで実行できなかったんだ」

 男は包丁を翔気の方へ向ける。

「そうだ。今、君は何を思っているんだい? 気になる。聞かせてもらえないかな?」

「…」

 翔気は何も答えなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私のせいで、翔気君にまで被害が出てしまうなんて…」

 マリコが泣きながら謝っている。それを聞いていると、殺されてしまう無力感を感じるよりも、自分がマリコに謝りたくなってくる。

 いいんだ、マリコ。俺はここまで来れた。犯人を見つけることができた。

 犯人を見つけて、殺した理由さえわかればいいって最初に言っていたじゃないか。

 俺はここで死ぬ。だけどお前は成仏できるじゃないか。

「黙っていないで答えてくれよ。私はターゲットにした人と話したことはない。だから滅多にない良い機会なんだ。早く答えてくれよ」

 男は一分だけ待った。

「もう、答えないのなら、しょうがない。この世にさよならするんだね」

 翔気の首元に包丁が迫る…。


 ピンポーン。インターホンが鳴った。

「何だい誰だこんな時に…」

 男は包丁をテーブルに置き、嫌々確認した。

「な、何! そんなバカな!」

 モニターに何が写っているのか。翔気は男が邪魔になって見えない。

 男は翔気の方を向くと、

「お前! 何をした! 一体どうやって通報したんだ!」

 と叫んだ。

「いきなりうるせえな。何もしてねえよ」

「嘘を吐くなぁ! 何もしなければ、何で警察が私の家に来るんだ!」

 警察が来たのか…? でも、どうしてここに?

 ピンポーン。もう一度インターホンが鳴る。

 とにかく良くわからないが、早く出ないとまずいんじゃねえの?

「くっ…。お前! 何もしゃべるなよ? 今からやり過ごすからな…。しゃべったら殺す!」

 男はそう言ってインターホンのボタンを押した。

「はい、伊藤ですが…」

「伊藤巡査。お宅に入ってもいいですな?」

 ここは…。来るなと言いたいところだが、そう言うとかえって怪しまれる…。

 男は玄関の鍵を開けた。玄関先だけでやり過ごしてやる。

「これはこれは丸山まるやま巡査部長にみんな。こんな夜分に一体何事ですか?」

「君の家に、小野寺翔気という少年がいるようなのだが…」

「? 小野寺翔気? ああ、あの、遺体の第一発見者ですか。そんな少年がどうしてここに?」

「ご家族から通報があったのだ。ここで間違いないはずなのだが…」

 チャンスは今しかない!

「俺はここにいるぞ!」

 翔気は叫んだ。

「今のは一体…?」

 男はとぼける。

「誰かいるぞ! 突入しろ!」

 警察官が五人ほど入って来た。

「これは…」

 彼らは拘束され身動きが取れなくなった翔気とテーブルの上に置かれた包丁を発見した。

「これはどういうことだ。説明しろ、伊藤巡査!」

 男は非常に焦っている。目が泳いでいる。何て言い訳をするか考えている。

「この男が俺を、ここまで誘拐したんだ! そこに置いてある包丁で、俺を殺す気なんだ!」

 精一杯叫んだ。

「勘違いしないで下さい丸山巡査部長。私は、この少年を助けたんです。そしてその包丁は、彼に結ばれている縄を切るために用意したんです」

 そんな言い訳が通るか。

「そこのタンスにナイフがあるぞ! 開けてみろ!」

 警察の一人がタンスを開けると、

「巡査部長! これは!」

 マリコを殺した時のナイフ。血がついている。もう言い逃れはできない。

「伊藤巡査! どういうことだ! 何だこのナイフは! どうしてこんなものが君の家にある!」

 男は警察の話を聞かず、

「そんなバカな…。こんなガキに…」

 と言って崩れ落ちた。

「詳しくは署で聞こう。さあ来るんだ」

 男に手錠がかけられる。

「くそ。こうなったら…」

 男は自身を拘束している警官を振りほどき、別の警官が持っているあのナイフを奪うと、

「こうなったら、お前だけでも!」

 そう叫び、そのナイフを翔気に向かって投げた。

「うぐげぁ!」

 ナイフは翔気の腹に刺さった。

「大丈夫か、君!」

「救急車を呼べ!」

 警官のそんな会話が聞こえる。が、痛みで意識が遠のいていく…。

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