第七話

「…て下さい! 起きて下さい!」

 マリコの声がする。

 気が付いた。でもここはどこだ? さっきまで家の前にいたはずだが…。

「おや。気が付いたようだね」

 自分の状況を確認する。椅子に座っているが、腕は後ろに回されて、縄か何か結ばれている。足も結ばれている。身動きは取れない。

「何が…?」

 何が起こっている? 全くわからない。

「自己紹介しよう。私は伊藤いとう由吉よしきち。職業は警察官だ」

 その男は語り始めた。

「私はねえ、小野寺翔気君。ちょうど君と同じくらいの歳で、初めて人を殺したんだよ」

「は?」

「前から生き物をよく殺していてね。虫とかネズミとか猫とか。殺せれば何でもよかったなあ。でもそのうち人を殺してみたくなってね」

 コイツ…!

「お前が犯人か!」

「ちょっと待ってくれよ、小野寺翔気君。今は私が話をしているのだよ? 黙って聞いてくれないか」

 その男は話を続ける。

「でさ。いざ殺そうと思うと、どうせなら美人がいいじゃないか。そして自分とは無関係な人の方がいい。そう思って探していると、見つけたんだよ。君が発見した、尾形麻理子をね。話したことはないけれど、彼女は美しい女性だった。だから最初は彼女に決めたんだ」

「こ、この人が、私を殺した、犯人…?」

 マリコのことは見えてないようだ。

「色々調べていけると確信したのは、確か九月の二十三日の晩だった。居酒屋から出てきた彼女の後をつけて、後ろからナイフで一突きしてみたんだ」

 その男は笑いながら話しをする。

「何が面白れんだ?」

「だから私が話しているんだよ。黙って聞いててくれないかな? 君には後で聞きたいことがあるからね」

 状況がわかって来た。俺はコイツに拉致されたんだ。ここは多分コイツの家だ。今俺にできることはない…。マリコは人に見えないから、助けを求めることもできない。

「彼女は、その一突きで死んでしまったよ。非常に残念だ。でも、あの感触が忘れられなくてね。もう二回、刺したんだよ。そして近くの茂みに穴を掘って埋めた。完璧にね」

 男は部屋の奥に行くと、タンスからナイフを取り出した。

「そ、それは…!」

 ナイフには、血の跡がついていた。

「これはねえ。その時に使ったナイフさ。今でも大事に保管してあるんだよ。初めての記念に、ね。それに彼女以上に綺麗な人を見かけなかったから、これで殺すのももったいないと思ってね」

 クソ。何かないか。辺りを見渡す。

「君のカバンならこっちだよ」

 そう言って男は翔気のカバンを開け、中を見る。

「事件について、まとめたノートか。ここまで捜査しているなんて驚きだよ。君が初めてだ。尊敬の意を表するよ。私の同僚など、全く昇進に関係がないと言い張って行方不明者の捜索には消極的だったからね。まあ、その方が私は助かるのだがね」

「翔気君! 私が誰か、呼んできます!」

 駄目だ。人に見えないんだから、誰も呼んでくることはできない。

「何か持ち上げたり、できないのか! コイツを押し倒したりとかは!」

 翔気は叫ぶ。もちろんマリコに向かって。

 マリコは男が持っているノートに触れようとした。が、すり抜ける。男の体にも触れなかった。

「いきなりどうしたのかね?」

 男はノートをカバンに戻し、カバンをテーブルの上に置くと、

「で、気になるのはね、小野寺翔気君。どうして君が、尾形麻理子を見つけることができたのか、だよ」

 確かに犯人からすれば、それは不思議だろう。

「それにさ、君は確か、一度私と出会っているよね? 警察署の前で。あの時君は唐突に二十年前の麻理子のことを言いだした。一瞬焦ったよ。でもその後、遺体が発見されるまで何も情報が入って来なかったからね、その時は安心したよ。」

「……」

「答えてくれよ、小野寺翔気君。そのためにわざわざ、君を生かして私の家に連れてきたんだから」

 翔気はポケットを探る。

「携帯なら、ここだよ。バッテリーは外しておいたよ」

 やはり取られていた。

「どうしてなんだい? どうやって見つけたんだい? 私の隠ぺい工作は完璧だったんだ。警察は当時から先月まで、何も掴めてなかったんだよ」

 コイツに幽霊の話をしても信じるか? 寧ろ逆上して殺しにかかってきたりしないだろうか…?

「調書によれば君は、あの場所が気になったから掘ったらしいね。でもどうして気になったんだい? あそこには、何もないのに。どうしてあそこだとわかったんだい?」

 ここまで来てしまったのなら、話すしかない。

「俺には、見えるんだ」

「んん? 何がだい?」

「マリコの幽霊がな! マリコが教えてくれたんだよ。誰かに殺されて、あそこに埋められたことを!」

 男は笑い出した。

「ハッハッハ。幽霊がこの世にいるとでも?」

「誰でも最初はそう思うさ。俺だってそうだったんだからなあ。でも、見えるようになって、マリコと出会ったんだ。そして、犯人を捜すことに決めたんだ!」

「そう熱くならないでくれよ。せっかくのジョークが台無しだよ?」

 翔気は血相を変えて叫んだ。

「冗談なんかじゃねえ! お前がマリコを殺したことがそんなに面白いことなのか! 人殺しのくせに、警官だと? よく平然とやってられるな。それで、俺も殺すのか!」

 コイツだけは許せねえ。自分が人を殺してみたいがためにマリコを殺した、この犯人だけは、絶対に!

「そうだねえ。知ってしまった君をこのまま帰すと私は確実に捕まってしまう。だから、君には消えてもらわないといけないよ」

 くっ…。このままでは確実に殺される…。だが、拘束されている自分にできることはない…。

「でも見えるって話は面白いね。今ここにいたりするのかな?」

 男は面白がってそう言う。

「ああ、いるが? それがどうかしたのかよ」

「彼女は何て言っているのかね? 私に殺された感想を聞きたいなあ」

 マジで言っているのかコイツ…。もうこの男のことが理解できない。

 翔気はマリコの方に顔を向けた。

「…」

 無言だった。だが、顔は怒っている。

「許せません…」

 そう言った。

「絶対に許せません! 自分勝手な理由で、殺されなければいけないだなんて、本当に許せません!」

 マリコがここまで怒っている姿は初めて見る。それもそうだ。この男は自己満足でマリコを殺したのだから。恨みを買って、それで殺される方がまだマシなのだろう。

「許せねえ、てよ。お前のことが絶対に!」

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