第七話

 制服姿で斎場に翔気は来た。家を出る時制服だったので家族に怪しまれたが、補習は自由参加できると嘘をついた。

 葬式は十二時半から。翔気は携帯で時間を確認する。まだ十時。

「こんなに早く来てどうするんですか?」

「もしマリコの知人が犯人なら、ここに来るはずだ。誰かに恨みを買ってたりしてないか? 自分で気づかなくてもよくやってるもんだぜ?」

 マリコは少し考えて、

「やっぱり、思い当たりません…」

 時間が経つにつれて人が斎場に集まって来た。

「何か、どこかで見たことのある人たちですね」

 当たり前だろそんなの。生前の知人が来てるんだからどこかで見たことがあるに決まっている。逆に自分がここにいるのがおかしいんだから。

 やがて葬式が始まる。右の列の前の方に座っているのがマリコの家族だ。自分の曽祖父が死んだとき、親近者はその辺りに座ったからだ。

 僧侶が念仏を唱えている。相変わらず、何を言っているかわからない。おまけに長い。

 それも終わると、翔気は素早く前に移動した。

「あの、すみません」

 小父さんに声をかけた。小父さんは、

「誰だね君は? 麻理子の知り合いかね? それにしては若すぎるぞ」

 威圧感が凄い。小便が漏れそうだ。だがここで帰るわけにはいかない。

「あの、実は、俺が発見したんです」

「えっ何を?」

「マリコさんの遺体を、です」

 小父さんは驚いている。そして小母さんに話しかけると小母さんもまた驚いている。

「ちょっと説明させてください」

 翔気は、自分がマリコの幽霊が見えることは隠して、発見したのは自分であることを言った。

「それで、なんですが…。マリコさんは生前、誰かに恨みを買ったりしてませんでしたか?」

 マリコの家族は首を傾げた。

「それは、わからんな。麻理子には短大を出た後、一人暮らしをさせていたし…。行方不明になった三年後には確かアパートを引き払ったからな…。当時は探しても見つからなくて、私たちに黙ってどこかに行ったとばかり思っていたから、アパートの私物はほとんど処分した…」

 ここにも手がかりはないのか…。

「部屋にあった日記には、楽しい日々を過ごしていることが書かれていたよ。それぐらいかな?」

「そうですか。いきなりすみませんでした。でも、ありがとうございました」

「いやいやこちらこそ。麻理子の体を見つけてくれて、本当に感謝しているよ。ありがとう」

 小父さんも小母さんも深々と頭を下げた。翔気も頭を下げた。

 横を見ると、マリコがいない。せっかくの家族との対面なのにどこに行っているんだか。

 斎場から出てくると、マリコは葬儀屋の門の前で待っていた。

「いいのかよ、親に会わなくて」

「どうせ見えないんですし、いいですよ。それに、未練が少しでも残るようなことはしないことに決めたんです」

「そうか…」

 成仏したいと願う幽霊とは悲しいものだ。

「ところで、翔気君の方は何か、わかりましたか?」

「一つ」

「何ですか?」

「何もわからないってことがわかった」

 マリコは笑って、

「何ですかそれ?」

 と言った。

「今のは冗談だよ。特に恨んでる奴ならいなかった。それだけしかわかんなかったけど、それでも十分だろう? 生きてた時のお前は善人だったんだ」

「それはそうですよ。私には悪いことをした記憶、全くありませんから!」

 そりゃあそうだろ、記憶が欠如してるんだから。

「でも、犯人の情報がなかったのは残念ですね…」

「知人じゃないとなると、通り魔か強盗だな…。それをこの町から探すのか…。かなり無理があるぞ」

「ならもう」

「成仏は駄目だ。勝手に消えたら承知しないぞ」

 だがどうやって探せばいいのだろう。それを考えながら、翔気は家に帰ることにした。


 家に帰って自分の部屋に行く。あの日の新聞がまだ机の上にある。あの日の次の日の朝刊には、マリコの事件はもう書かれていなかった。

「これだけしかないんじゃあなあ。お先真っ暗だぜ」

「でも私は、知人が犯人じゃなくて安心しましたよ。あまり友人の顔とかは思い出せないですけど、良かったです」

 でもこっちは良くない。マリコには酷だが、知人が犯人だった方が犯人探しがまだ楽だった。

 あの日の夕刊を読み返す。もう何度も読んだが、何かないかと思った。

「ん?」

 読んでいる記事に何か、違和感がある。どこか、自分の知っている事実と違うようなところがある気がする。気のせいか? いや違う。

 もう一度、読み返す。そして、テレビで報道された時のことも思い出す。あの時アナウンサーは何て言っていた?

「発見された遺体は尾形麻理子さん当時二十四歳会社員で、行方不明で二十年前に捜索願が出されていました。体には背中に刺し傷が三か所あり、警察は殺人事件と断定し調査をしています…」

「そうか!」

違和感がわかったぞ。

「どうしたんですか急に?」

「マリコ、殺された時に覚えていることをもう一度教えてくれ!」

「えーと、犯人の顔は見てませんよ? それと、背中を一回刺されたことと、そのあと幽霊になったことぐらいしか…」

「それだ!」

「え?」

 翔気は新聞の記事をマリコに見せる。そしてある部分を指摘する。

「ここ。背中に刺し傷が三か所って書いてあるだろ? でもマリコは一回背中を刺されたことしか覚えていない」

 マリコはまだ気づいていないようである。

「だから、マリコは背中を一回、刺された時点で死んだんだ。即死だったのかもしれないし、とにかく一回目で、だ。でも犯人はマリコのことを三回も刺している。強盗や通り魔がこんなことする必要はない」

「ど、どういうことですか?」

「だから、犯人は、マリコのことを殺す気があったのは確かだけど、死んだあとにも二度も刺しているんだ。もし誰かに恨まれているなら恨みの一撃かもしれないけど、恨まれてはいない。マリコは、マリコを殺した犯人は…」

 一度息を吸って、それから言う。

「最初からいたずらに人を殺すことだけを考えていたんだ!」

 自分が導き出した答えはこれである。

「…」

 マリコは無言だった。当たり前だ。もしこれが本当なら、マリコは無意味にただ犯人が欲求を満たしたいがために殺されてしまったことになるのだから。知りたかった殺されなければならない理由なんて存在しないことになるのだ。

「でも、それなら犯人は人を殺す殺人衝動か何か持ってるはずだ。そんな奴が二十年も、たった一人だけ殺して満足できると思う?」

「いいえ。思いませんね。きっと他にも殺してしまっているかもしれません。もしかしたら、私が最初じゃないかもしれませんね」

 まだ手がかりはある。明日からもう一度調べなおしだ。

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