第四話
「じゃあ明日、朝起きてから探しに行こう。でもその前に」
「ん? 何です?」
「作戦変更しないか?」
六月に考えた作戦は正直言うとバカバカしい。マリコは完璧と言うが、実行するこっちの身にもなって欲しい。
「どうしてですか?」
「だって、あの作戦じゃあ俺、カブトムシ探して地面掘ることになるんだぜ? 恥ずかしいよ! そんなこと警察に言えるか!」
「じゃあ他に何か、あるんですか?」
そう言われても何も思い浮かばない。だから先月も、言い包められてしまったのだ。
「他に土を掘る理由がありますか? 毛利勝永の埋蔵金でも探してたとでも言うんですか? そっちの方が馬鹿げてるでしょう?」
「そりゃあ、そうだけどよ…」
言い終わると同時にチャイムが鳴った。
「ヤベ。早く教室に戻んねえと!」
終業式のどうでもいい話は正直言うと聞きたくないが、式を出ないと担任に叱られるし、クラスのみんなから一人だけ抜け出した卑怯者だと白い目で見られる。
家にはシャベルがある。母が庭をいじる時に使うやつだ。それを今日は借りる。自転車のタイヤの空気も満タンにし、準備完了。
「さて、行くか」
翔気は自転車に乗ると、市内の地図を広げた。
「ここです、ここ」
マリコが示す場所へ向かう。ここから二十キロ離れた林道。
「ここで本当にいいんだな?」
行くのに一時間半くらいはかかる。それで間違ってました、何て言われたら問答無用で霊媒師に突き出してやる。
「でも、その前に、ここ。先に私の住んでいたアパートによって下さい」
「はあ? 何でだよ? 鍵もないのにどうしてよるの?」
「いいえ。私の記憶が正しければ、確か窓の鍵は壊れてて、一見かかっているように見えますが、簡単に開けることができるはずです」
「俺に不法侵入しろと?」
答えは一つだ。
「駄目に決まってるだろ。俺が逮捕されちまうよ」
「でも。」
マリコは涙目で訴える。
「私の記憶はほとんどなくなってるんですよ? 私が生きていた時の記録はもう、そこにしかないんです! だから、行って欲しいんです!」
マリコの言うのももっともである。だが、翔気は断る。
「駄目だ。もしそれで、この世に未練が残ったらどうするんだ? 成仏できないだろ?」
「それもそうですが…」
「悪いことは言わねえよ。遺体見つけて犯人捜したら、何も思い残さず成仏して欲しいんだ。だから、な?」
マリコは渋々、
「はい…」
と言った。
自転車で出発してもう一時間くらい経つだろうか。こっちの方面には来たことがなかったので気付かなかったが、意外と田舎っぽいところである。田園地帯が広がり、周りにはコンビニすらない。
「こんな、ところで、どこに、就いていたんだお前…」
息を切らしながらマリコに聞く。
「その記憶はないですね。でも上司が婚期を逃したオバサンだった記憶はあります」
「オバサンって…。お前も生きてたら四十四のババアだろうが!」
「でも、死んでるから永遠の二十四歳ですよ!」
笑って答えてんじゃねえよ…。そう突っ込みたかったが、坂に差し掛かったので余裕がなかった。
「んん、んお、おおお!」
気合で坂を乗り切る。そして進む。
「方向が違いますよ?」
マリコが右を指さすが、翔気は左に向かった。
「いいんだよ、こっちで」
初めての場所。地図とコンパスだけが頼りだ。携帯のGPSはバッテリーを食うだけだから使わない。
「んで、こっちを右に曲がれば…」
「翔気君、こっちって…」
そうだ。マリコのアパートの方だ。
「でも、あそこには行かないって」
「俺もあんたのことはっきり知らないとスッキリしねえんだよ! それに俺がそんなに非情に見えんのか!」
「全然、見えませんよ!」
ならいい。このまま真っ直ぐ進めば見えてくるはずだ。マリコが生前暮らしていたアパートが。
翔気は漕ぎ続けた。
「着いたぜ! ってこれ…」
目の前にあるのは更地である。
「おい! まさか…二十年の間に、アパートは取り壊されちまったって言うのか! せっかくここまで来たのに!」
翔気は叫んだ。だが、更地には不動産会社の電話番号が書かれた看板が立っているだけである。
「チキショウ…! こんなことあるか!」
あっていいはずがない。だって…。
だって自分は、マリコのためにここに来たのだから。確かに生きていた時のマリコについて知りたいという気持ちはある。だが、驚かせてやろうとも思っていたのだ。
すぐ横にマリコはいる。だが、そっちは向けない。どんな顔をすればいいのか、何を言ったらいいのかわからない。自分は行かないと宣言した。それなのにここに来た。その結果がこれでは、全く笑えない。
「…」
すまない。そう言いたいのに口が動かない。
「…いいんです」
マリコが言う。
「翔気君の言う通り、思い出しても未練が残ってかえって悲しくなるだけなんですから」
「マリコ…」
マリコの方を向いた。マリコは、泣いている。期待させた自分のせいでもあるが、それ以上に悔しいのだろう。記憶を取り戻すチャンスを失ったことが。
翔気は看板に書かれている不動産会社に携帯から電話した。
「…そうですか。ありがとうございます」
不動産会社は丁寧に教えてくれた。
「六年前に、大家がアパートを潰して土地を売っちまったそうだ。その時マリコの私物は、捨てられたんじゃないかってよ」
「そうですか…」
こういう時、何を言えばいい? そんなこと、誰にもわかりはしないだろう。やり場のない悔しさでいっぱいだ。
「でも、いい機会です」
「え?」
マリコの発言に、翔気は耳を疑った。
「何でだよ?」
「だって、この方が何も未練なく成仏できるじゃないですか。それは私も、悔しいですが、何もしないでウジウジするより前向きに考えていたいです」
幽霊のくせにまともなことを言う。が、マリコの言うことも正解だ。こんなところで腐ってないで、前に進まなくては。
「じゃあ、あっちを右に曲がればいいんだな?」
「そうです。そこに私の体はあります」
曲がり角には自販機と公衆電話があった。
「ちょっと水分補給させてくれ」
翔気は自販機でスポーツドリンクを買い、手に取るとすぐに飲んだ。そして隣の公衆電話を見て、
「ここで電話する奴なんていないだろうに。今の時代は携帯だぜ?」
「私の時代は公衆電話でしたよ。みんなテレホンカードを持ってました」
曲がり角を曲がって進む。自転車を降りて手で押しながら歩いていると、
「この辺ですが、気を付けて下さい」
「何に? 毒蛇でもいんのか? それとも熊?」
「いいえ。あ、あぶな…」
ドン。電信柱にぶつかった。翔気は横にいるマリコの方を見ていたので存在に気が付かなかった。
「いってえ!」
「だから気を付けて下さいと言ったんです! この電信柱、よくぶつかるんですよ」
「曲がる前に言えよ!」
頬を撫でなる。
「で、この辺のどこなんだ?」
自転車を止めて、シャベルを持ち、マリコに聞く。
「こっちです」
マリコは茂みの中に入って行った。
「ここに入るのか? マジ?」
「? 何か問題でも?」
マリコは幽霊だからいいだろう。だが自分は生身の人間なんだぞ? この茂みにこそ毒蛇がいそうだし、蚊もいるかも。俺は半袖だ。葉っぱに蜘蛛ついてて噛まれたらどうするんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます