第二話
次の日、翔気は熊谷に頭を下げてお願いした。
「勉強を教えてくれだと?」
熊谷は驚いた表情をしている。それもそうだ。普段勉強していない翔気がそんなお願いをしたからだ。
「私的には、お前が補習になるざまを見る方が面白いんだが」
なんてこと言いやがる熊谷…。だが、翔気は母に頼んで作ってもらった卵焼きを見せた。
「これで、どうよ?」
「………」
熊谷は無言だが、卵焼きを一つ取って食べた。
「ようし。じゃあ教えてくれ。あと二週間あるんだから、大丈夫だろう? 人に教えんのも自分のためになるって言うじゃんかよ」
「しょうがない。じゃあどの教科からする?」
「まずは数Ⅱだな。中間で一番点数が取れなかった教科だ」
「わかった。じゃあ、放課後やるぞ」
「おう」
昼休みに屋上に行くことはもうマリコと出会ってから当たり前のようになった。
「翔気君、やる気になったんですね! 偉い!」
マリコはパチパチと拍手した。
「いやでも、万が一の時はやっぱしカン…」
「その万が一にならないためにも頑張りましょう!」
翔気は弁当を食べながら、屋上から町全体を見渡した。
この町のどこかに、マリコの遺体がまだ埋まっている。
そして、犯人も、いる。
熊谷の教え方はハードだ。わかりません、と言うと罵倒が飛んでくる。
「だからここはこっちの公式を使うんだぞ? 何回言えばわかる? 一々そういう風に微分してたら時間の無駄だ」
「でもこの公式は覚えられそうにねえよ。ちまちまやってもいいじゃねえか。どうせ俺は終盤の発展問題なんか解けねえんだしよ」
「そういう態度だといつまでたっても赤点だぞ!」
しぶしぶ公式を何度か紙に書き、そしてそれを使って問題を解く。
「見てよ遠藤さん。翔気が勉強してる…!」
植木と遠藤が来た。
「小野寺君に負けてられない! 私もやらないと。良子ちゃん、私にも教えて!」
遠藤も熊谷に頼み込んだ。
「厄介なのが増えたな…。私の邪魔だけはしないでくれよ? 美波は何が一番心配なんだ?」
「物理でーす!」
「物理か。それなら植木が得意だぞ。植木に教えてもらえ」
「それもそうね。植木君! ってあれ?」
さっきまで教室にいた植木が、もういない…。
「あいつ…。自分だけ一人で勉強して、いい点とる気でいるぞ! ずる賢い奴め!」
植木がいなくなってしまったので、仕方なく熊谷は遠藤に物理を教え始めた。が、遠藤の頭も翔気と同じぐらい良くないので、かなり手こずっている。
「だからここはこの式を使って!」
「このmは何になるの?」
「それさっきも説明した!」
「…熊谷、こっちの数式はこれで合ってる?」
熊谷に自分を相手している暇はなさそうである。仕方なく、
「俺、図書室に行って一人で勉強してくるぜ」
「翔気一人でできるのか?」
「教科書ガイドがあるからな。答えさえあれば何とかなるだろ」
「ズルい! 小野寺君も抜け駆け?」
いや違う。そもそも遠藤が熊谷に頼まなければこんなことにはなっていない。
「とにかく、じゃあ頑張れよ遠藤」
図書室は教室以上に居心地が悪い。勉強のできる奴のたまり場だからだ。空いている席を探し、座る。隣に座っているいかにも勉強できますというオーラを放っている女子は先輩なのだろうか、試験期間だというのに赤本を解いている。向かいの席の男子は数Ⅰをやっているため、後輩なのだろう。それでも自分より幾分も頭がいい。
教科書を開き、問題を解く。その当たり前の行動でも、翔気にとってはかなりの負担だった。二問解いて時計を見ると、七分は過ぎている。一問解くのに三分半。これでは遅すぎる。
そんなことを考えていると、手が止まる。でも、図書室ではカリカリというシャーペンを走らせる音があちらこちらから聞こえる。
こんなところにいたくなくなってきた。さっき来たばかりだが、翔気は筆記用具と教科書、ノート、ガイドをしまい、家に帰ることにした。
帰り道では、よくマリコが話しかけてくる。
「せっかくやる気になったと思ったらもう帰っちゃうんですか?」
「…しょうがないだろ。空気が悪いんだから」
「熊谷さんに勉強教えてもらうのはどうするんです?」
「熊谷は遠藤一人で手一杯だろう」
あまり考えたくなかったが、家で勉強を教えてくれる人が一人いる。
「姉貴に教えてもらうよ」
「お姉さんにですか。確か広島大学の医学部の医学科に通ってるんですよね」
「そうだ。だから高二の数学、化学、古典その他もろもろ楽勝だろう」
家に帰ってくると、姉は先に帰ってきていた。
「私に、教えてくれって?」
今日の朝見た熊谷と同じ表情をしている。
「頼む。マジで今回、ヤバいんだよ。姉貴からすれば、高校生の勉強なんて楽勝だろう?」
姉は少し黙って、
「あんたの全教科の先生の名前を教えなさい」
と言った。
「? 何で?」
翔気は先生の名前を全て姉に教えた。すると姉は自分の部屋に行き、ファイルをごそっと持ってきた。
「何、コレ?」
「あんたも私と同じ高校でしょ? 私が高校生だった時のテスト。過去問よ」
過去問?
「これが何か、役に立つの?」
「先生によっては問題を毎年毎年一々変えない怠け者がいるのよ。えーと、これは私が高三の時の二学期期末で…」
ファイルの中身を確認してはこれじゃない、とテーブルに置いた。
「これね。丁度今のあんたの時期と同じやつは。これ使って勉強しなさい」
姉はファイルを一つ、翔気に差し出した。それを受け取って、翔気は自分の部屋に行った。
「こんなのがあるんなら最初から教えてくれればいいのに…」
ファイルから問題用紙を取り出す。丁度自分の試験範囲と同じだ。次に姉の解答を取り出した。
「すごいですね。全教科百点って…。そんな人初めて見ましたよ…」
「姉貴は昔から頭が良かったからなあ。勉強で、ミスったところを見たことがねえよ。」
そんな人でないと医学部になんていけないのだろう。自分には絶対に無理だ。
「そうだマリコ。これはズルじゃないのか?」
「過去問を分析して傾向を把握するのは立派な勉強ですよ。お姉さんの言う通りにしていれば大丈夫だと思いますよ」
ならオッケーだ。
さて全教科これで完璧だな、と思った矢先、
「あ、数Ⅱだけ先生の名前が違いますよ?」
「え?」
「確か翔気君の数Ⅱの先生は
「何!」
よりによって、一番危うい教科の先生が違うとは…。
「先生が違ったら、問題もやっぱし違うのか?」
「だと思いますよ」
まずい。非常にまずい。他の教科はできるかどうか怪しいが過去問を丸暗記して、高得点が狙えそうだが数Ⅱは絶望的だ。
「そもそも赤点だと、どうなるんですか?」
「そうだな…。うちの学校は四十点未満が赤点で、中間と期末の合計が七十九点以下になると即補習。一教科でも引っ掛かると夏休みはない」
「それは困りましたね…」
困りましたねえ、じゃねえ! 一大事だ。
「でも試験までまだ時間はあります。頑張れば大丈夫ですよ」
「そう簡単に言うなよ。俺の場合、頑張れるかが問題なのに…」
「でも中学時代は成績良かったんですよね? なら大丈夫じゃないですか!」
そうだ。中学時代はよかったんだ。
「やるか、勉強」
翔気は教科書とノートを開き、勉強し始めた。基礎から徹底的にやろう。そうすればきっとできる。自信が湧いてきた。
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