第三章

第一話

 あと二週間で一学期期末試験。翔気は机に向かって勉強していた。中間試験で大量の赤点を取ってしまった分、ここで取り返さなければならない。

「そこ、間違ってますよ。こっちの公式使わないと」

 マリコはそう言うが、翔気は無言で手を動かす。

「だから、三番の公式を使わないと」

 手を止め机をバンと叩き、

「だー! うるせーよ!」

 と叫んだ。幽霊に指図なんてされたくない。

「俺だって必死でやってんだよ!」

「でも間違ってたら意味ないじゃないですか!」

 確かにそうだが。

「今回のテストは重要なんだぞ!」

「だから間違いを指摘してるんじゃないですか。翔気君に赤点を回避してもらわないと困ります!」

 もし期末で赤点を取ったら夏休みはなくなったようなもの。犯人の捜索や、マリコの遺体の現場に行くなどといったことは一切できなくなる。

「いざとなったら、やっぱりカンニングか…」

 成績の悪い奴ほど、いかにばれずにカンニングするか考えるものだ。

「ズルなんて駄目ですよ!」

 マリコはそう言うが、翔気は聞き入れなかった。

「一番いいのは紙に書いておいて、ポケットに忍ばせておいてトイレに行って見る。んで、トイレに流して証拠隠滅なんだけどよ。去年試験で実行したら一発で熊谷に怪しまれた。証拠はないんだがよ、アレはもう使えないな…」

「あのう、私の話、聞いてます?」

「いや、全く」

 机の上に答えを書いておく。古典的だが、効果的でもある。が、バレやすい。机の横、床に答えを書いたプリントを置いておいて、試験中隙を見て下を見る。これはバレ難いが的外れの答えを書いておくと意味がない。携帯に教科書の公式や問題集の解答を撮影しておき、隙をついて試験中に見る。ハイリスクだが、正しい答えがわかる。今まで実際にやって来たカンニングである。

「今回は、何をするか…」

「勉強しましょうよ…」

「うるさいな。俺みたいな馬鹿が勉強したって結果はたかが知れてるんだよ! だったら一発、カンニングしていい点取って補習を回避すればいいんだよ! そうだ! マリコは人に見えねんだし、クラスの優等生の解答を見て俺に教えるってのはどうだ?」

 その考えにマリコはびっくりした。

「ズルしていい成績取っても、自分のためになりませんよ!」

「なんだよ! 優等生かお前は!」

 幽霊と喧嘩になる。マリコと出会って二か月ぐらい経つだろうか、いつも自分にくっついてくるので、よく話す。そしてよく言い合いになり、母が、

「翔気ー。うるさいよ。何一人でしゃべってんの?」

 と言う。この前は姉に認知症かと言われた。だからマリコと話すのは極力自分の部屋の中か一人でいる時だけにしている。

「お前のせいでまた怒られたじゃないか。俺が家族に変人扱いされたらどう責任取ってくれるんだよ!」

「別に私は悪くないですよ。だって私の声は翔気君にしか聞こえませんし。一人で大声出してるのは翔気君自身でしょう?」

 この幽霊、割と賢い。生きていた時はどんな学校に行ってどんな会社に勤めていたんだろうか。

 口喧嘩していてもらちが明かないので、ここは一旦冷静になる。

「まあ、さ。俺が勉強しても補習は回避不能だろうし。バレないカンニングの方法を考えるのが一番だと思うんだよ。何かない?」

「私は全力で勉強すべきだと思います。第一、ズルが当たり前になったら、翔気君のためになりませんよ。ここは真面目にすべきです」

「それでいい成績が取れればこんな会話しねえよ。俺が赤点取ったら、夏休みは補習で潰れる。そしたらマリコの頼みごとも解決しないんだぜ? 俺は早くあんたに成仏してもらいたいから一生懸命考えてるんだ」

 そして次の言葉を言う。

「いつまで経っても犯人捜せなくなるぜ?」

 これを言うとマリコはいつも妥協する。脅しみたいなものである。

 だが今回は、マリコは引き下がらなかった。

「カンニングは絶対にやめるべきです!」

「だから!」

 と叫んだ時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ノックと言うより、叩いている。

 ドアを開けると、姉がいた。

「何だ姉貴。俺に何か用か?」

 姉は翔気の部屋を見回すと、

「さっきからあんたの声がうるさいのよ。誰としゃべってんの?」

「携帯で話してたんだよ」

 姉はベッドに目をやる。翔気の携帯は枕元で充電中である。

「嘘でしょ。あんた携帯を耳元に持ってこなくても電話できるってわけ?」

 不自然さを指摘された。

「それに最近、妙に独り言多くない? 頭大丈夫? 多重人格にでもなったの?」

 どう言い訳するか…。幽霊と会話してましたと言ったら絶対笑う。で、痛い人扱いされる。

「歌でも歌ってた、てのはどうですか?」

 マリコが言う。姉にはマリコは見えないし、声も聞こえない。ナイスアシストだ。

「歌を歌ってたんだよ。今年の合唱祭でも優秀賞取りてえじゃん」

「音痴なあんたが? おとなしく口パクしてなさいよ」

「へえ翔気君って音痴なんですね」

 うるせよ。聞こえてんぞマリコ!

「もう今日は静かにしなよ。私だって試験近いんだから」

「おう、わかったぜ」

 姉は自分の部屋に帰っていった。

「今日はもう、これ以上の話はよそうぜ。俺のためにならないからな」

「わかりました。でも、カンニングは絶対駄目ですよ!」

 ここに来てまた念を押してくる。だが翔気は、カンニングをしなければ試験は乗り切れないだろうし、自分に残された手段はそれしかないと思っていた。


 布団に入る。寝る時はマリコはいつも目を瞑って椅子に座っている。幽霊は寝るのだろうか? 疑問に思う。でも正直どうでもいいので聞かない。

 翔気は布団に入ってもすぐには寝なかった。携帯をいじり、今日のニュースを見ながら、マリコの方をちらりと見た。

 あれだけカンニングはしてはいけないと、ずっと言う。それが正しいことは自分にもわかる。でも、真面目に勉強して良い点が取れるとも思えない。だがマリコは勉強すべきと言う。

 翔気は、勇気づけられたからかもしれないが、もしかしたら自分でも勉強すれば大丈夫かもしれないと考え始めていた。中学の頃は面白いほど高得点をたたき出したのだから、その時の感触を思い出せば…。

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