第六話

「無理に決まってんだろ」

「何でです?」

「だって、二十年前だぞ? 法律とか詳しくないけど時効なんじゃないの? 証拠も何も残ってないだろうに。探しても無意味だぜ」

「私は、犯人を裁いて欲しいんじゃなくて、何で殺されなければいけなかったのか知りたいんです!」

「そんなの犯人に聞けよ」

「だから探して欲しいんですってば」

 そりゃあそうだな。

「うーむ。でも俺にメリットないだろ?」

「あなたのお役に立ちますよ。何でも」

「何でもって、言ってもさあ…」

 翔気はマリコの方に手を伸ばした。手はマリコの体をすり抜ける。

「触れないんじゃ、何の役にも立たないんじゃないのか?」

「どこかで役に立ってみせますよ」

 どこかって、どこだよ?

「そうだ!」

 マリコが何か閃いたようである。

「あなた、幽霊が見えるのが悩みの種になってるんじゃないですか?」

「あ」

 図星である。

「私の力があれば、今のあなたの状態、元に戻せますよ」

「本当に?」

「はいできますよ。二十年も成仏できずにいたから、そんな力が私には備わったんです。」

 それは非常に助かる。

「じゃあさ、今すぐにやってみせてくれよ!」

「そうしたら、私の頼みごとはどうなるんですか? 引っ掛かりませんよ私は」

 翔気はちっと舌打ちをした。

「わかった。暇な時に協力するぜ。でもその前に」

「その前に?」

「あんたの言うことが本当なのか、確かめさせてくれ」

 翔気はノートパソコンの電源を入れ、インターネットに接続した。

「あんたの名前、フルネームは何ていうんだ?」

「それ必要ですか?」

「名前がないと検索できないだろ。早く教えてくれよ」

 マリコは黙り込んだ。

「何も言わないってのは怪しいな」

「違いますよ。私は記憶が一部欠如してしまって、生きていた時のこと、全然覚えてないんです…」

 何と面倒な…。でもそういえば、今年が何年かわかっていなかったし、死んだ日も教えてくれなかったな。一理あるかもしれない。

「死んだのが九十一年ってのは間違ってないんだよな?」

「はい」

「ならその年の、殺人事件でも探してみよう」

 検索サイトで検索を実行した。今の時代、調べれば何でも出てくる。これですぐに解決だ。

「ほら。この年の殺人事件。この中にあんたの事件はある?」

 二人、と言っていいのだろうか。翔気と幽霊はパソコンの画面を見た。

「…被害者の名前がマリコっていう事件がないな。ひょっとして犯人、捕まってない?」

「…みたいですね」

 もう駄目。犯人が捕まってないんじゃあもう探せない。探す気力も出ない。

「諦めちゃいけませんよ!」

 マリコはそう励ますが、翔気は、

「俺は万年赤点なんだぞ? それに対して相手は二十年前にあんたを殺しておいて捕まってない。完全犯罪じゃないか? 事件にもなってないのを探せって、砂漠から石ころを見つけるみたいなもんだぜ」

 と返した。

「それはそうかもしれませんが、でも」

「他の人に協力してもらうんだな。幽霊が見えるの、俺じゃなくてもいっぱいいるんじゃないの?」

「翔気君は、何か挫折した経験でもあるんですか?」

 その言葉に翔気は反応した。心臓の鼓動が少し早くなった。

「うるせえ! 今日はもう寝る!」

 翔気は布団に潜った。


 朝起きると、マリコはまだいた。

「もう勘弁してくれよ」

「まだ何も始まってないじゃないですか」

 一階のリビングに降りていく途中で、

「今日、図書館に行きましょう。新聞に、行方不明者として私のことが載っているかもしれません」

「諦めの悪い幽霊だなマリコは」

「当たり前じゃないですか! 私は二十年も見える人を探し、犯人を捜してるんですよ!」

 朝食を食べ、学校に行く。マリコも何故かついてくる。

「学校では、俺に話しかけるなよ。変人扱いされてはたまんねえからな」

「わかりました」

 一時間目は自習だった。期末に向けて勉強しなければならないのだが、翔気は窓の外を見ていた。

「何かあるんですか? 校庭では野球の授業みたいですが?」

 話しかけるなって言ったろ。今は答えられない。ノートに、昼休みに屋上で話すと書き、そこをトントンと突いてマリコに指示した。

「わかりました」

 昼休み。屋上を利用する人はほとんどいないので、ここでならマリコと会話しても怪しまれない。

「…昨日、挫折とか言ってただろ?」

「はい、言いましたが?」

 網によっかかって、

「俺、こう見えても優秀だったんだよ」

「何が、ですか?」

「野球だよ。中学時代は予選敗退だったけど全国大会にまで行ったんだ。野球だけじゃない。成績も良かったんだ。だから倍率二倍だったけどこの学校にも受かったんだ」

 翔気は続ける。

「でもここに入学したら、笑えないぐらい弱っちい野球部と、付いて行けなくなるレベルの授業…。急に落ちてったよ」

「そんなことがあったんですか」

 翔気は携帯を取り出し、ある写真を見せた。

「これ、中学卒業時のやつなんだけど、ここに写ってるのが俺で、隣が親友の宮野晴太って言って、同じ高校受験して落ちたんだよこいつは。でも滑り止めの高校は野球が強くて、授業のレベルも低くて、今、宮野は高校生活をすげー楽しんでるんだ」

 マリコは翔気の言いたいことを理解したようだ。

「つまり、本来勝ったはずの翔気君が落ちぶれて、負けた宮野君は栄えているってことですね」

「そうだ。俺もあっちの高校に行けばなあ」

「そんなことありませんよ。私だって確か、就職試験に何度か落ちましたし。これからいくらでも挽回できますよ」

 幽霊に励まされた。不思議と悪い感じじゃない。寧ろ自分の弱音を誰かに聞いて欲しかった、そんな感じがする。

「まあ今のは流してさ。今日の放課後図書館に行くぜ」

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