第五話

 先週は中間試験があったが、全く勉強せず、幽霊が見えなくなる希望も失った翔気がまともに解けるはずがなく、今週帰って来た結果は散々だった。

「これじゃあ今年も赤点補習かもよ? もう僕は知らないからね」

 植木が言ってくる。去年補習中に勉強を教えてもらい、何とか補習を乗り切った(あと先生たちの温情)。それがないとマジでヤバい。本気で留年するかもしれない…。

「まさか今回、遠藤さんにも負けるとはね」

 返す言葉もない。黒田先生に聞けば順位を教えてくれるだろうが、そんなことしなくてもぶっちぎりでビリだろう。

「遠藤さんはどうだった?」

「今回は赤点は少なかったよ! 十分貯金もできたし、期末は少しだけ楽できそう」

 二人の会話を聞いていると何だか悲しくなってくる。翔気は教室から出ていった。

 廊下ですれ違う人とは挨拶をせず、屋上に行った。屋上には、人は誰もいないが、幽霊はいる。飛び降り自殺でもあったのだろうか?

 翔気はその幽霊に近づいて、

「くっそおおおお!」

 殴りかかった。だが触ることはできず、すり抜けて空振りして転んだ。

「くそったれめ! お前たちさえいなければ…」

 元から成績が悪いのはわかっているが、それでも試験はこんな大惨事にはならなかったはずだ。幽霊さえ見えなければ。

 試験結果を親に見せる気にもなれない。翔気はこの日放課後になってもすぐには家に帰らず、寄り道した。

 平和記念公園。幽霊さえ見えなければここで宮野とキャッチボールができる。ストレスだって解消できるのだが、今は無理だ。どうしても幽霊が視界に入り込んでしまう。これでは集中できない。

 近くのベンチに座った。ふうとため息を吐いた。そして携帯をいじる。

「除霊とかはどうだろうか…」

 よく心霊番組で見るアレ。効果があるかどうか、ヤラセかどうかは知らないが、自分では何もできない翔気はそれに頼るという選択しかなかった。

「金がかかるしなあ。いやでも事情を説明すればタダでやってくれっかも。でも効果なかったら…」

 色々考えているうちに、

「まてよ。俺、別に憑りつかれてるわけじゃねえな」

 自分で道を閉ざしてしまった。もう完全に詰みである。

「ちくしょう。何かねえのかよ」

 もう嘆くことしかできなかった。

 家に帰ろうとカバンを自転車のかごに入れ、いざ乗ろうとすると、

「すみません!」

 女性が一人、声をかけてきた。知らない顔である。

「えっ、何ですか?」

 何か悪いことでもしたか? だが女性はにっこり笑って、

「よかった! あなたには見えてるんですね」

 え…。見えてる…?

「何言ってるんですか?」

「他の人だと見えないし、霊媒師は除霊しようとするから、こうやって見える人をずっと探してたんですよ」

 この女性が言っていることが理解できない。

 翔気は足元にあった石を持ち上げ、女性の方へ投げた。

 石は、女性をすり抜けた。

「お前…! 人間じゃねえ!」

 コイツは幽霊だ! 幽霊の方から話しかけてきやがった!

「うわあおおお!」

 急いで自転車にまたがり、死ぬ気で漕いだ。後ろは見ず、赤信号も無視して家に直行した。

「はあ、はあ」

 家に着いた。辺りを見回す。幽霊はいない。

「よし! 追って来てはないみてえだな…」

 幽霊から話しかけてくることは初めてだ。もしかして、塩で数体の幽霊を撃退した報復でも俺にしようとしたのだろうか? あの世に連れて行く気だったのだろうか?

 急いで玄関のドアを開け、一瞬で家の中に入る。もう大丈夫だろう。

「ああ、お帰り。汗びっしょりね、先に風呂に入ったら?」

 母が言う。

「そうするぜ」

 服を脱いで風呂に入る。湯を体にかけて湯船に浸かる。

「腹も減ったなあ。姉貴がまだ帰ってねえみたいだし、少し長風呂になっても皿洗いはしなくていいだろう」

 そんなことを考えていると、

「ここにいたんですね。急にいなくなっちゃうから探しましたよ」

「わあああああ!」

 さっきの女性の幽霊が風呂場に侵入してきた。反射的に風呂桶を投げつけるが、すり抜けるので意味がない。

「な、何なんだよ…。何しよってんだよ…」

 湯船に浸かっているのに冷や汗をかいてきた。もう駄目か。

「私は何もしませんよ」

 幽霊はそんなことを言う。全く信じられない。

「そう言って、俺を地獄に道連れとか?」

「しませんよ」

「じゃあ何で来るんだよ!」

「頼みを聞いて欲しいんです」

 頼み…。

「霊能力者のところにでも行けよ」

「そしたら除霊されてしまうって、さっき言ったでしょう?」

 そういえば言ってたな。全然耳に入っていなかったが。

「何の用なんだ? 俺に何しろと?」

「人を探して欲しいんです」

 幽霊が人探し? まるで意味がわからない。

「何で?」

「それはですね…」

 幽霊が話を続けようとすると母が、

「翔気? 何独り言言ってんの?」

 と言ってきた。このまま幽霊と会話するのはまずい。小声で、

「夜の寝る時間まで待ってくれ。階段を上がって、左が俺の部屋だからそこにいてくれ」

「わかりました」

 と言って幽霊は風呂場から消えた。

 風呂から上がると急いで夕食を食べ終え、自分の部屋に向かう。ドアの前で、いなければいいと思ったが、ドアを開けるとやはりいた。

「まずは自己紹介しないといけないですよね」

 幽霊と自己紹介なんて馬鹿げてるが、こちらも幽霊の素性を知りたい。

「俺は小野寺翔気。高校二年生だ。あんたは何なんだ?」

「私は、マリコ。二十四歳の会社員でした。いわゆるOLってやつです」

「でしたってことは今は違うのか?」

「はい。ところで今年は何年ですか?」

 カレンダーを見て、

「二〇一一年だけど」

「ということは…。私が死んでから二十年経ったってことですね」

「二十年?」

「最後に日付を確認したのが九十一年でしたから」

 翔気は九十四年生まれである。この幽霊の言うことが正しければ、自分が生まれる前に死んでいる。

「そんな昔の人が、俺に何の用だよ?」

「だから人を探して欲しいんです。」

「かつての恋人とか? それなら自分で探せるだろ!」

「私は、私を殺した犯人を捜して欲しいんです」

 殺した…?

「ちょっと整理させてくれ」

 混乱してきた。この幽霊、言うことがいきなりすぎて訳がわからない。

 数分待って、

「つまりは、自分は誰かに殺されて、その犯人がわからないから探せってこと?」

「そうです」

 なるほど。すると答えは一つしかない。

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