第二話

 朝がやって来た。昨日のアレが夢に出てこないか心配で全く寝付けなかった。

 翔気の朝はそこまで早くない。いつも通りパンを食べて、着替えて歯磨きをし、髪型を整えて学校に自転車で向かうだけ。その当たり前の日々を幽霊たちから取り戻す。

「行ってきます」

 家を出て学校へ自転車をこいだ。登校途中にいろいろな人とすれ違う。だが、今は、その中の三分の一ほどが幽霊。面白いことに毎日いる幽霊が変わる。今までずっとこの世をさまよい続けているのだろうか?

 学校にはすぐ着く。駐輪場に自転車を止めると、昇降口に早速現れた。小さな女の子だ。多分幼稚園児ぐらいだろう。こんなところにいて、他の生徒は何の反応もしないので幽霊確定である。

 胸ポケットのフィルムケースを取り出す。昨日のアレを思い出すと、心が少し痛む気がする。だが、幽霊に同情するのもバカバカしい気もする。

 フィルムケースを開け、塩を少し撒いた。女の子の霊はそれに当たるとすぐ反応した。

「うえええええええん!」

 この悲鳴、自分以外には聞こえないみたいだ。周りの生徒は翔気のことしか見ていないし、何をやっているかもわかってなかった。

 もう一撒き。少し多めに手に出して、浴びせた。

「ママあああああああああ…」

 そう叫んで女の子の霊は溶けて消えた。また心が痛む。

「何やってんだお前?」

 言われて振り返ると熊谷がいた。

「おお、熊谷。おはよう」

「おはよう翔気。だから何やってんだ?」

 翔気は昨日のこと、塩のこと、そして今自分がしたことを熊谷に説明した。

「するとお前、幽霊を撃退する方法を学んだらしいな」

「そうだな。これで俺は普通の高校生に戻れるぜ!」

「でも馬鹿は直んないんだろう?」

「うるせーな」

 二人で教室へ向かう。途中、

「待て熊谷」

 翔気が止めた。

「どうした?」

「昨日、言ってた中学生くらいの男の子だぜ。今目の前にいる!」

 熊谷は半信半疑で聞いている。

「で、どうするんだ?」

「塩を撒くさ。この学校にいる奴らは全部消してやる!」

 また塩を取り出し、撒いた。

「うわああああああおおおお!」

 悲鳴を上げるのはわかっている。だが、男の子の霊は翔気ではなく熊谷に向かって行った。

「うわ! 何だ?」

 熊谷には見えていないが、熊谷の制服の袖を霊が引っ張っている。助けを求めているのだろうか? それとも、熊谷も連れて行こうと考えているのだろうか。

「待ってろ熊谷、今助けてやるぜ!」

 フィルムケースを投げつけて、塩を振りかけてやった。

「おおおおお…」

 男の子の霊は消えた。

「大丈夫だったか?」

「何だったんだ今のは? 急に私の袖が動き出したぞ?」

「幽霊だ。お前のことを掴んでいたんだよ」

「そうなのか」

「でももう大丈夫! 消えたから」

「もし消えなかったら、私はどうなってた?」

「え?」

 幽霊が塩を喰らってから取る行動は考えたことがなかった。

「どうって? さあ?」

「さあ、じゃ困る」

「何で?」

「私に何か、仕掛けて来たかもしれないだろう? 私はあの世に連れて行かれるのか? それとももっと上のレベルの幽霊に憑りつかれるのか?」

 そうか。熊谷の心配事はそれか。

「試してねえものはわかんねえよ…。それに今は無事だろ?」

「確かにそうだが、何も考えないで行動するのは想像以上に危険だぞ?」

 言われてみれば熊谷の言う通りである。

 熊谷はフィルムケースを拾い上げると、

「この学校には、お前の言う通りなら、幽霊は割と多くいるみたいだな。だがどれもこの塩で撃退できるわけではないだろう。中には道連れを狙う幽霊もいるかもしれないし、そもそも塩が効かない幽霊ってのもいるかもしれない」

 熊谷は続ける。

「安全が確認できるまで、校内で塩を使うな。お前が幽霊を見たくない気持ちはわかるが、何も調べず試さず行動しては危険すぎる」

「…わかったよ」

 翔気は熊谷の言うことに従うしかなかった。

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