第六話
自分たちの部屋に戻るためには、一度一階に降りてから本館に戻り、そこから本館のエレベーターに乗る必要がある。この帰り道で、
「あ、あれ占い師じゃない? 今はいるわ!」
姉がそう言って指刺した方向には、確かにそれっぽい人がいる。
「行くの?」
「少し見るだけよ」
しょうがなく姉に付いて行く。
「こんばんはお二人さん。姉弟だね?」
占い師は近づいてきた二人にそう言った。
「すごい! どうしてわかったの?」
「私レベルになると、感じるんですよ」
何言ってんだか。俺と姉では恋人同士には見えないし、姉弟と判断するのが一番適切だろう。感じるとか何をさ?
「あなた、何か困りごとがありますね?」
「あ、あります…。そういうのもわかるんですか?」
前に図書館で読んだ本に、人はそういうことを言われると、ついつい自分の中で心当たりあることを探してしまうとか書いてあったな。姉はそれに引っ掛かっただけじゃないか?
「みてあげましょうか? 安くしておきますよ」
姉は財布の中身を確認する。
「まさか、姉貴…」
「いいじゃない別に。あんたは先に部屋に戻ってなさい」
これはカモられてしまったな。普段は頭良いくせして占いだなんて…。どうも女の考えることはよくわからん。
「恋の悩みですよね?」
「そうなんです。今、三人の人からアプローチを受けてて、でも、親友が言うには別の二人が良さそうって。でもでも私としてはまた別の人が気になってて…」
もう馬鹿らしくて付き合ってられない。翔気は一人で部屋に戻った。
部屋で数十分待っていると、姉が戻って来た。
「どうだった?」
詐欺にあった気分を聞かせてもらいたい。
「…」
「おい姉貴、だからどうだったって?」
「やっぱり
姉はそう言いながら携帯をいじっている。恐らくその土屋とかいう奴にメールでもしているんだろう。
「その土屋ってのは、何? おすすめでもされたのか?」
「私と土屋君はかなり相性が良いって! 将来期待できるって!」
これは相当だな…。占いを信じる奴の気がしれないが、こんな感じになるのか…。
「あんたもみてもらいなって。みてもらわないと絶対損するわよ!」
「いや、みてもらってる時点で損してると思うぞ…」
今の状態の姉には何を言っても無駄そうである。
「姉貴が帰って来たんだし、俺は温泉行ってくるよ。父さんたちが帰ってくるまで部屋で待ってろよ?」
姉は携帯のメールに夢中だ。翔気の声など耳に入っていなかった。
温泉は地下一階だが、一度一階に降りてから、専用通路を通らねばならない。夕食の時と同じで面倒である。が、それでも入る価値のある温泉である。熊谷は酷評していたが、自分はそうは感じない。
エレベーターから降りて歩くと、嫌でもさっきの占い師が目に入る。
「さっきの弟さんの方だね?」
話しかけられた。翔気は立ち止まり、占い師の方を向いて、
「俺はみてもらいたいと思わないし、第一占いなんて信じてねえからな!。」
と言い放った。そして温泉に向かって歩いた。
このホテルの温泉は肩こりに効くらしい。でもこっていないので実感できない。だがいい湯である。湯加減が最高であるし、他に人がいない。気分が乗って来た翔気は無意識のうちに歌を歌い始めていた。
「♪~」
歌いながら湯船で泳ぎ始めた。
随分と長く湯船に浸かっていたため、のぼせてしまった。着替えのところにある無料の水を何杯も飲む。
「はあ、熱い。長居しすぎたな…」
着替えて部屋に戻ろうとした。すると、またあの占い師が翔気のことを呼び止めた。
「また、あんたかい。俺に何か恨みでもあんのかよ?」
「私はね、君のような信じていない人のことを今まで何人もみてきたよ。最初はみんな、口をそろえて言うんだ。占いなんて迷信だって。でもね、私は彼らの世界を変えてみせたよ。そうするとみんな、自分の過ちに気付くんだ」
「だから、何だよ?」
「君は、幽霊を信じていない。そうだね?」
「そうだけど、姉貴が言ってたのか?」
「いいや違うよ。言ったろ、私レベルになるとわかるのさ」
翔気は自分の腰に手をやった。財布はない。
「金ならねえぞ! あっても払う気はねえけど」
占い師はフフフと笑って、
「お金ならいらないさ。君をここでの最後の過ちに気付く人にしてあげよう」
そう言って、手を差し伸べてきた。
「何だ? 握れってのか?」
「そうだよ。さあ。」
握手程度で、何が変わるかよ! 翔気はそう思って乱暴に占い師の手を握った。
「私は
「ふーん」
こんな奴に名乗る必要はないな。そう判断した。最も感じるんなら、名乗らなくても名前を知ってそうだが。
「じゃあ、これでいいんだろう? 俺は帰るぜ!」
翔気が振り返ると、
「おおわ!」
目の前に男が一人、立っていた。
「ちょっと、おっさん邪魔だぞ?」
「…」
返事がない。というか、生気がないように見える。目の前に翔気がいるのに、彼のことを見ていないようだ。
「…何だよ、ったく」
今の男は放っておいて、とにかく部屋に帰るか。エレベーターの前まで来てスイッチを押す。
「今十五階か。これは長くかかりそうだな…」
待っている間に占い師の方を無意識のうちに見た。男はまだ立っている。
「何だあのおっさん、順番待ちじゃないのか…?」
エレベーターがやって来た。ドアが開くと女の子が一人しゃがんでいる。このホテルは家族連れが多いからな。その時はそれしか思わなかった。
翔気は乗り込んで十二階を押すと、同時に違和感に襲われた。
何か、変な気がする…。でもその何かがわからない…。
エレベーターは十二階に着き、翔気は降りた。そして数歩歩くと、違和感の正体がわかった。
あの女の子、どうして降りない? 十二階じゃないのか? いや、そもそも…。
そもそも、一階でも下りなかったぞ? エレベーターは最初から十五階にいた。そこで待機していた。ならあの女の子、その時からエレベーターに乗っていることになる。それなのに、降りない…?
翔気が振り返るとエレベーターはもう下の階に向かって降り始めていた。
何か不気味だ。そう思ったのが心臓に伝わったのか、鼓動が早くなる。一刻も早く家族のところに戻りたい。
部屋の戸を勢いよく開けて素早く中に入り、そしてまた勢いよく閉めた。
「ふう…」
何を心配しているんだ俺は。何を考えてるんだ俺は。あの男は立ち話だけするために俺の後ろに立ってたんだ。あの女の子は迷子で、どうすればいいかわからなくてエレベーターに乗ってたんだ。そうだ。
そう思い、部屋の中央へ進む。布団は四人分敷いてある。自分の陣地はいつも窓側と決めている。そっちに行くが…。
「おい、お前! 誰だ! 何でここにいるんだ!」
枕元に知らない老婆がいる。この老婆の顔が髪でよく見えないのが不気味さを増していた。
「ちょっと翔気。いきなり何言ってんのよ? この部屋には私と、お父さんとお母さんしかいないわよ?」
「はあ? 何言ってんだ姉貴。この変なババアが見えねえのか?」
「ババア?」
姉は部屋を見渡したが、
「何もいないわよ?」
としか言わなかった。
「そ、そ、そ、そんなわけあるか! ここにいるだろ!」
父と母も部屋を見渡すが、二人とも同じことを言う。
「誰もいないぞ?」
今、一体何が起きているのか、理解できない…。
ここには老婆がいる。それなのに――
自分以外には、見えていないのだ。
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