第五話

 待ちに待った憲法記念日。家族四人で車に乗り、山南ホテルに向かう。

「私が運転してもいい?」

 姉は去年の夏に免許を取った。実技も筆記も、間違える余地がないほど楽勝だったらしい。だがまだ初心者ドライバーである。だからその運転が少々怖い。

「俺はやだよ。母さんと父さんが交代で運転すればいいだろう?」

「それじゃあ練習にならないでしょう? 私が事故るとでも思ってんの?」

「ああ」

「じゃあ、あんただけ家に残ってれば?」

「姉貴が運転しなければいいだろう!」

 二人がもめていると、

「由香里の運転はまた今度にして、今日は父さんと母さんが運転するよ。」

 と父が言ったので二人とも引き下がった。

 荷物を積み、父が運転席に座って出発した。山南ホテルへは、市内から一時間半ぐらいの距離である。今日は高速も使うらしい。それでも車の中では暇で、携帯ゲーム機を持ってこなかったことを後悔した。仕方なく携帯のゲームをする。オセロしかないが、ないよりマシである。対戦相手のコンピュータは初級に設定したが、それでも四隅を取られて負けてしまう。翔気はそれくらい、ゲームにも弱いのだ。

「はあ」

 ため息を吐いて窓の外を見ると、車はもう高速道路に入っていた。渋滞しておらずスムーズに進む。父は百キロぐらい出しているだろうか。それでも追い越す車がいる。一体あれは何キロ出ているんだ? 父の運転なら心配ないが、これが姉だったら…。正直姉の運転は嫌な予感しかしない。

「あれは…」

 道路のスミに、一瞬だけ花束が見えた。それは母にも見えたらしく、

「ここであの交通事故が起きてから、もう四年ね。確か、軽トラックの運転手が死んだんだっけ?」

 と父に言った。

「あんな雨の日にあのスピードを出してたら、さっきのカーブは曲がれないよ。亡くなった人には悪いけど、自分が悪い」

 そうだ。そう言えば父はその時今の道路にいて、その事件を目撃したんだ。そんなことを当時も言っていた気がする。

「父さんはあまりスピード出さないでくれよな」

「大丈夫だ翔気。免許を手に入れてから数十年、一回も違反をしたことはないぞ。俺の運転は絶対だ。任せておけ」

 それを聞いて安心した。が、助手席に乗っている姉が、

「私も運転したいなあ。帰りはさせてよ」

 と言った。安心できない言葉である。

 姉貴はすんじゃねえ! と言いたかったが、

「いいぞ。そしたら今日はワインが飲めるな」

「マジかよ…」

 神様頼む。明日、無事に帰らせてくれ。神なんて信じていないが、翔気は手を合わせて祈った。


 山南ホテルに到着した。前に行った時とあまり変わっていない。車から降りてホテルのエントランスに入り、親が受付を済ませている間に売店に行った。お土産なんて買わないと言ったが、せっかく来たのに手ぶらで帰るのももったいない気がする。物色している間に受付が終わり、呼び戻された。

「部屋は十二階の七号室だ。夕食は四階、別館の菊の間に七時。朝はそこでバイキング。あと、温泉は…」

「地下一階でしょ、お父さん。覚えてるわよ」

「そうだ」

 今三時だから七時まで暇だな。テレビでも観て時間を潰すか。

 四人でエレベーターへ向かう。その途中、

「あれ、何だ?」

 売店の横、小さな椅子とテーブルがある。テーブルには、大きなガラスの球体が置かれている。

「ちょっと見てみる?」

 気になったので翔気は姉と見に行った。テーブルの横に看板がありそこには、占い屋 一件二千円。と書かれていた。

「これ、占い師ってやつ? 前来た時こんなのあったか?」

「確か、ないわよ。新しく開業したのよきっと」

 姉が興味津々でテーブルを見る。占い師は今はいないようである。

「こんなん仕事って呼べんのかよ? 詐欺だろ詐欺」

「あんたは黙ってなさい、翔気。こういうのはわかる人には本物ってわかるんだから」

「じゃあよ、これは本物なのか?」

「それは、人を見てみないと」

 何だそれは。それでは今はわからないじゃないか。

「とにかく、俺には関係はなさそうだな」

 そう言って二人は両親のところに戻った。


 やっと夕食の時間になった。

「父さん、早くしてくれよ」

 父が浴衣に着替えるのを待つ。帯がなかなか決まらないらしい。

「よし、いいぞ。じゃあ行くか」

 エレベーターに乗って一階に向かう。別館には一階からしか行けないので面倒だ。

 夕食は豪華だった。料理長でも変わったのか、洋風ではなく和風だったが、口に合った。刺身、すき焼き、茶碗蒸しが特に美味い。

 父と母はワインを飲んでいた。二人ともアルコールには強いので、すぐには酔わないだろう。

「由香里もどうだ? 飲まないか?」

「少しもらおうかしら?」

「姉貴はまだ二十歳じゃねえから駄目だろうが」

 姉の誕生日は十月。まだ十九歳なのは知っている。

「あんたね、大学に入れば、未成年だろうが飲むときは飲まないといけないのよ?」

「そんなところに俺は入りたくねえな。それに、明日運転すんじゃあなかったのか?」

「それもそうね。じゃあ、止めておくわ」

 今、ああ言わなければ明日の運転防げたのか? しまった失敗した…。

 食べ終わってしまった翔気は部屋の鍵を取り、

「じゃあ先に戻るよ父さん母さん」

 と言って席を立った。

「待って私も」

 姉も付いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る