第四話
「何かニコニコしてるな。何かあったのか?」
熊谷の宿題を自分のノートに書き写している時に、話しかけてきた。
「ゴールデンウィークは旅行に行くんだ。いいだろ!」
「旅行か」
「それよりも今は話しかけないでくれ。間に合うか怪しいんだ。あと三ページもあるからな」
せっせと書き写す。熊谷のノートの字は綺麗だが、翔気のはまるでミミズだ。それくらい急いでいる。
「どこに行くんだ?」
「山南ホテル」
「山南ホテルか。あそこの温泉は私は嫌いだな。何かヌメヌメするし、熱い時は熱い。サウナも温度が低い。プッシュ式のシャワーはすぐ止まる。あと、あそこはリンスインシャンプーしかない。それに…」
翔気は机をバンと叩き、
「だから話しかけるなってば! 集中できねえだろう!」
と叫んだ。それに反応して、前の席の
「朝からうるさいぞ小野寺! それに人のノートを丸写しだなんてみっともない。僕だったらまずそんなことできないね」
うるせえ、と言う暇すらない。とにかく二時間目の数学が始まる前に写し終わらなければ…。
「おはよう…って、小野寺君、またぁ?」
登校してきた
「絶対やめた方がいいよ。実力つかないよ? それに
「うるせえな、バレないように偽装は少ししてっから大丈夫だ。それに遠藤だって人のこと言えないだろ?」
遠藤も成績が悪い。去年一緒に赤点補習を受けた仲だ。
「私はねえ、今回はちゃんとやってきました!」
「なら僕に見せてよ、遠藤さん」
植木が遠藤のノートを見る。
「…。」
「どう? ちゃんとやってあるでしょ!」
「…でも間違いだらけだよ…」
「えぇ!」
遠藤のことだ。正答なんて五割もないだろう。
「間違いだらけの
「どっちも駄目だよ、熊谷さん。」
熊谷と植木がそんな会話をしている。
「頭の良い人は黙っててよ!」
遠藤が横で嘆いている。それを無視して、翔気はシャープペンシルを動かしていた。
やがて担任の先生がやってきて朝の会が始まったが写し終えていない翔気はノートと睨み合っているだけで、先生の話など耳に入っていなかった。
四月も終わった。無事に終えることができた。
「明日から、山南ホテルだぜ」
翔気は母に作ってもらった卵焼きを熊谷にあげた。
「この卵焼きは甘くて美味いな」
「…」
先日の数学の小テスト…。本来ならカンニング無しで行く予定だったのだが、公式をど忘れしてしまい、仕方なくカンニングした。そしてすぐ熊谷にバレた。
「旅行のお土産は何をくれるんだ?」
「は?」
熊谷の言葉に驚く。
「山南ホテルなんて、お前の家でも行けるだろ? お土産何て買う気ねえよ!」
「ケチだな」
旅行で一々お土産なんて買ってられるか。こっちは小遣いだって少ないと言うのに…。
「熊谷はこのゴールデンウィーク、どこか行かねえのか?」
「ん? 私か? 京都に行くが」
「…お前がお土産買ってこいよ。山南ホテルは県内だぞ? それに対してお前は京都に行くんだろ?」
熊谷はムッとして、
「小遣いが少ないからな。お土産は買わんぞ」
嘘つけ。熊谷の家は俺の家よりはるかに裕福だ。一か月の小遣いは五万ってのも知ってんだぞ。
「あ! この卵焼き、私も食べていい?」
遠藤がやって来た。
「これは、熊谷のために作ってもらったんだよ。だから…。」
「いいぞ。特別に食わせてやろう」
何様のつもりだお前。
「僕もいいかな?」
植木まで出てきた。
「お前は駄目だ。」
「何でだよ、熊谷さん!」
まだ卵焼きは三つ残っている。
「駄目なのは駄目だ。」
今年同じクラスになった植木にはわからないだろうが、熊谷は自分より弱い相手に強い。自分も遠藤も、熊谷に何かしら弱みを握られている。逆に何の弱みのない植木は気に入らないのだろう。だからあげないのだ。
「これ美味しい!」
一つを遠藤が食べた。残り二つは熊谷が食べた。植木はそれを横で見ているだけだった。
「植木にも分けてやればいいのによ」
翔気はそう言ったが、熊谷は無視した。
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