第三話

「起きなさい! 晩ご飯だよ!」

 母に起こされた。部屋から出て食卓に行くと、自分以外の家族は揃っていて、父と姉はもう食べ始めていた。

「もっと早く起こしてくれよ、母さん」

「起こした。あんたが起きなかったの!」

 らしい。全然身に覚えがないのだが。とりあえずさっきのことで説教さえされなければいい。

「今日はカレー? 俺の奴には肉多目に入れてくれよ」

 しかしライスに盛られたカレーには肉は全然入ってなかった。

「なんでジャガイモばっかなんだよ!」

「仕方ないでしょ。あんたが起きなかったのが悪い。具は先着順」

 仕方なくジャガイモばかりのカレーを食べ始める。野菜が嫌いというわけではないのだが、やっぱり肉が欲しい。

 姉がテレビをつけた。そして新聞紙のテレビ欄を見ながら、

「今日の面白そうなのは…これだけかな?」

 チャンネルを変えて数秒後、その番組が始まった。

「心霊写真・映像特集ぅ?」

 今日は本当にこれしかないのか。

「ニュースでいいから別なの見ようぜ?」

 翔気はそう言って姉からリモコンを取ろうとしたが、姉はリモコンを譲らなかった。

「いいでしょうこれで。何か文句でもあるの?」

 大有りだ。

 翔気は昔から、この手の類の話が大嫌いである。幽霊とか、お化けとか、妖怪とか、怖いから嫌いなのではない。

「こんな番組作って金儲ける奴は仕事辞めた方が世の中のためだぜ」

 幽霊の存在なんて、あるはずがない。物心ついたころからそう考えている。世間はよく、未確認飛行物体だの未確認生物だの騒ぐが、嘘に決まっている。人類史上最も科学が発達した現代で証明できないものは信じない。目に見えないものは信じない。翔気はそういう人間だ。サンタクロースですら、初めて聞いた時から嘘だと確信している。世界中に子供が何人いると思っている。一晩でプレゼントを配らなければいけないのなら過労死するに決まっている。

 都市伝説も嘘だ。ミミズでハンバーガーなんて食えるわけないだろう。メンインブラックの映画は面白かったがどうも信用できない。世にはびこる陰謀説も嘘にしか聞こえない。

 そして、一番信用ならないのが占い。自分は乙女座だが、だから性格がどうのこうの言われるのが一番嫌い。血液型占いなんて論外だ。あれに従ったら世界中の人間は四通りしかいないことになるじゃないか。

「本当は怖いんじゃないの? かっこ悪いわね」

 姉がそう言ってくる。

「じゃあ見てやるよ」

 仕方なくカレーを食べながら観ることにした。

 番組が始まるとまず芸能人たちのトーク。はっきり言ってこっちの方がまだ面白い。今から観る写真や映像を思うと二時間これだけでも我慢できる。

 トークが終わると映像から始まった。最初のは森の中の廃墟に入っていく映像だ。

「ああ…」

 もう、なんだか嘘っぽい。この映像を投稿した奴は結構頑張ったんだろうな。でも俺からすれば無意味。

「あれ、じゃない?」

「え、どこどこ?」

「よく見えないな。あそこだけズームしてくれないかな?」

 自分以外は食い入るようにテレビを観ている。そしてどこに映っていただとか、わかり難いだとか言っている。この家族の会話に、翔気だけが入らない。いや入れない。バカバカしくて夕食を食べる気力すら抜けそうだ。

 番組は淡々と進む。夕食を食べ終わったら食器を片づける。我が家では最後に食べ終えた人が皿を洗うことになっている。今日は翔気の番だ。

「今日は皿が少なくて助かるぜ」

 洗い終わるとリビングに戻る。そして観たくもない番組を観る。番組は進んで、心霊写真のコーナーに移っていた。相変わらず嘘くさいものばかり。こんなもので驚く人のことがわからないし、よく放送できるもんだとも思う。俺なら恥ずかしくてできないな。

 番組は二時間で終わった。感想はつまらなかったに尽きる。

「どうだ姉貴。これで、俺が怖いわけじゃないことが証明されたろ!」

「あんた真面目に観てた?」

「こんなクソ番組に真面目になれってか? 無理無理」

 そう言うと姉は呆れ顔で、

「あんたの人生つまんなさそうね…」

 と言った。

「こんなの信じてる奴よりは面白い人生送ってるぜ俺は」

「いいや、絶対面白くない。少なくとも私はあんたみたいな人生はごめんだわ…」

 俺も姉貴の人生なんて嫌だね、と心の中で思ったが、口には出さなかった。言えば口喧嘩が始まるだろう。悔しいことに姉に口喧嘩で勝ったことはない。頭の良い奴は強いからだ。

「あ、そうだ」

 父がいきなり言い出した。

「何だい父さん?」

「お前たち、ゴールデンウィークは暇か?」

 ゴールデンウィークか。そう言えばあと二週間ちょっとで休みだったな。

「俺は、まあ課題とか出るだろうけど、特に遊ぶ予定とかないな。暇だよ」

「課題があるのに暇、はないでしょう? あんたは勉強しなさいよ!」

「由香里は?」

 姉は自分の部屋から手帳を持ってきて、

「特に予定はないわよ」

 と返事した。

「ゴールデンウィーク、何かあるのかい父さん?」

「久しぶりに旅行に行こうと思ってな」

 言われてみれば最後に旅行に行ったのは三年前の沖縄県だった。

「今からホテルとか取れるの?」

「実はもう山南ホテルを予約してるんだ」

 俺か姉か、予定があったらどうすんだよ? 父はたまにこういった行動を取るのだ。

「山南ホテル! あそこは料理がおいしいのよね。温泉も気持ちいいし、最高だわ!」

 姉は笑顔で叫んだ。

「翔気はどうだ?」

 山南ホテルには確か何度か行ったことがある。数年前まで、親戚一同で年末を過ごしたところだったはず。姉の言うように料理は上手いし風呂も良い。

「悪くねえな。久しぶりに行きたくなってきた」

「なら決まりだな。憲法記念日とみどりの日は空けておいてくれよ」

「わかった」

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