第七話 交流の終わり
一週間後準は、地下鉄の八乙女駅で降りてズーズーカンパニーに行った。
「さすがに種類が多いなここは」
ハムスターを見せてがっかりされては困る。できるだけ大きな奴にしよう。
「まだハリネズミの方がインパクトがあるか?」
三万円。ハムスターとは一桁違う。
「…あまり怒らせないようにするためにはこれしかないな…」
ハリネズミを購入した。そして一度寮まで戻った。
「俺はここにいるから、お前たちはこの辺で…」
「二人固まるより、ばらけた方が見つかるリスクこそ高いけど逃げやすい。俺はここ、健一はこっちでどう?」
「ったく、しょうがねえな」
場所は決まった。後は時間を待つだけだ。
九時半。時間が来た。
上を見上げる。やはりあの光。
「…来たか」
円盤が着地した。そして宇宙人が出てくる。準は大和の方、そして健一の方をちらりと見た。宇宙人にはバレてはいないようである。
「来たか地球人よ。約束のホ乳類は持ってきてくれたかね?」
準は段ボール箱を見せた。
「この…中に…」
ハリネズミを見せるために箱を開け、取り出そうとした時、
「何か怯えているように見える…。一体どうしたのかね?」
宇宙人は準の顔色を見て、恐怖心を抱いていることを即座に見抜いた。
「…何でも、ないさ…」
ハリネズミを渡す。
「ほう面白い、痛。こんな生物が存在するのかね」
いつもなら早く終わる取引。だが今日は一秒が異様に長く感じる。
「約束の琥珀だ。受け取ってくれ」
琥珀を渡された。普通に受け取る。
「今度は何で唖然としているのかね?」
また心境を見抜かれた。宇宙人が何もしてこないのだ、だから一瞬だけ恐怖から解放されたのだ。
元々地球人に干渉する気はないと言っていた。その言葉を信じればよかっただけだ。余計な心配だったのだ。
しかし宇宙人の次の言葉が準を絶望に陥れた。
「今度は霊長類…そうだな、人間を頼もう」
「な、何だって!」
人を用意しろと? そんなの無理だ。
「もし用意してくれるのなら、母星の恐竜の中でも一番大きな個体の全身骨格の化石をあげよう。それくらいの見返りはするつもりだ」
恐竜の化石は欲しい。しかし、条件があまりにもきつすぎる…。
寮に帰った準たち。消灯時間は過ぎたが、部屋で話し合う。
「いくらなんでも無茶すぎる! 準、もう宇宙人との関係も終りだ。じゃないとお前がさらわれちまうぞ!」
大和が言う。
「…」
「おい聞いてるのか! だいたいあんなのには最初から関わらなければ!」
今度は健一。
「……」
準は無言のままである。
「おい、まさか、まだ宇宙人とつるむつもりなのか?」
「姉か妹でも差し出すつもりか! 正気の沙汰じゃないぞ!」
準はまだ無言だった。
「聞いてるのか!」
二人同時に叫ぶ。準は考え事をしていた。
「なあ、どう思う?」
「何をだ?」
「…宇宙人は人間を差し出せって言ってるんだぜ? 断ればさらわれるに決まってる」
「もうあの公園に行かなければいいじゃないか!」
「あの宇宙人の技術力だぞ? 人っ子一人探すなんてわけない。絶対俺は見つかる…」
準は取引のことは考えてなかった。助かる方法を考えていた。時間は一週間。そんな短い間にどうにかしなければならない。恐竜の化石は魅力的だが、人の命には代えられない…。
「今までもらったもの全部、返すのはどうだ? それで許してくれるかもしれないじゃん?」
「でも怒ったら…」
もらったもの全てを返す。できればしたくないことだ。せっかく手に入れた異星の恐竜の化石や琥珀。大切なものだ。それにそれらを手に入れるために、どれだけ苦労したか。それが全て水泡に帰す。
「化石は返さないで、謝るのは…」
準が提案する。しかし大和は、
「馬鹿かお前! そんなことで宇宙人が納得するわけねーだろ!」
準の提案を拒んだ。
結局、全部返却するしかないのか…。
大和と健一に手伝ってもらって、今までもらってきたもの全てを榴ヶ岡公園に運んだ。
「今後一切、宇宙人と関わるなよ? わかったか準?」
「…わかってるよ…」
準は先週もらった琥珀を見つめていた。この小さな恐竜は何と言う名前だろう。そう言えばもらった化石の恐竜の名前、一度も聞いたことがなかったな。
「それも返すんだぞ」
健一に念を押される。
「わかってるよ…」
準備はできた。後は時間を待つだけだ。
公園に光が降りてきた。この光も、見るのが最後になる。
宇宙人は降りてきて、そしてびっくりした。
「地球人よ、その二人は最初に見かけたことがある。まさか己の友人を差し出すつもりなのか?」
準は首を横に振る。
「では、今回の取引はどうする気だ?」
持って来た化石を指して、
「…すまない。もう、終わりにできないか? 今までもらったものは全部、返す。流石に人間を交換材料にはできない…」
宇宙人は公園に置かれた化石の方へ歩み寄る。
「恐竜の全身骨格の化石は、欲しくはないのかい?」
そうだ、と言えば嘘になる。
「そりゃあ、欲しいよ。この地球で誰も見たことがない恐竜…。いくら大金を積んでも手に入りやしないだろう。その価値ぐらい俺にもわかる。でも…」
「人間は、差し出せないと言いたのかな?」
「…そうだ」
宇宙人の言うことに少し怯える。怒っているのではないだろうか?
「…………」
準たちも宇宙人も無言である。時間だけが過ぎていく。
「…わかった。地球人よ、我らとの関係は今日限りとする。人間のサンプルを採取しない代わりに、ここに持ってきてもらった化石は全て返してもらう。私たちが君からもらった生物は返却しない。それでいいかな?」
宇宙人は最後の決断を準に迫って来た。
「それでいい…」
これで終わり、か。異星の恐竜というロマンはもう、感じることもない。
悔しいというか、寂しいというか、準の心は空っぽだった。
宇宙人は化石の回収を始めた。円盤の中から四人出てきて、彼らは化石を円盤に運び入れた。
「それと」
準は手に持っていた琥珀を宇宙人に差し出した。
「これも…だ」
「そうだったな。先週渡したばかりなのに残念だ」
宇宙人はそれ以上何も言わなかった。準の顔が悲しいことを物語っていたからだ。しょぼくれている準を見るとかわいそうに思えてしまう。きっと宇宙人にも情というものがあるのだろう。
「…これで全部です、隊長」
円盤内から声がする。
「では、地球を引き上げよう」
これで本当に最後。
「最後に」
宇宙人が準の方を見て言う。
「今までの協力、感謝する。本来高度な知性と文明を持った生物との接触は規則違反なのだが、我々はその掟を破った。君だけが悪いのではない。我々にも非がある。そう落ち込むな」
今度は励ましか? そんなものいらない。早く飛び立ってほしい。
「君のお蔭で母星の生物学が進歩したのだ。君の名前を聞いておこう。母星の歴史に刻まれるのだ。これは凄いことだぞ」
異星の歴史に名を残したところで意味なんかあるものか。
「藤原準、だ」
準は静かに自分の名前を告げた。
「そうか、わかった。では準君よ、さらばだ」
そう言って宇宙人は円盤に乗り込み、飛んで行った。
「無事に終わった…」
健一がそう言う。大和も喜んでいる。
だが準は悲しみでいっぱいだった。化石をもらって喜んでいた一か月前が馬鹿みたいに思える。
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