第三話 実験成功

 この日堀北は公園の大学の敷地内の池に来た。

「お。いたぞ」

 ニホンヒキガエルを数匹捕まえる。今度の実験対象はこれだ。堀北は実験のことを大学に申告していないため、値が高くなりそうな生物は自前で調達するしかなかった。

「こんな池でカエル捕まえてるなんて珍しい。どうするんです、准教授?」

 甲斐君と出会った。

「子供にあげようと思ってね」

 また嘘を吐いた。

「今年十一歳になるんでしたっけ? 将来は准教授と同じく、生物学者ですか?」

「いいや、将来の夢ぐらい、自由に決めさせるさ。自分の子供だからと言って、勝手に人生のレールを敷き、その上を無理に走らせることは間違っている」

 生物の遺伝子をいじくり、本来なら持っていない形質を無理矢理発現させている堀北が言えたことではないのだが…。

「それは素晴らしいですね。僕の親なんて小さい時から医者になれってうるさかったですよ」

 甲斐君は感動している。

 自室に戻った堀北はニホンヒキガエルの性別を確かめた。

「よし、雄と雌が同数いるな。一匹ずつ残して、他は逃がそう」

 ニホンヒキガエルには毒がある。耳腺から分泌されるこの毒はブフォトキシンと言い、ステロイド系の毒素だ。皮膚に付けば炎症を起し、経口摂取すれば嘔吐、下痢、心臓発作等が起きる。ヤマカガシという蛇が利用している毒でもある。

 この毒を、大学に保管されている、ボツリヌス菌のボツリヌス毒素に変えてみようと思う。

 堀北はまず、ニホンヒキガエルの皮膚を採取した。そこから毒素を作るDNAを特定する。この作業と同時進行でニホンヒキガエルが産卵できる環境を整えた。

 DNAの特定には一週間かかった。さらに交尾にも一週間かかった。生まれた卵が卵割する前に、ブフォトキシンを誘導するDNAの部位をノックアウトし、そこにボツリヌス毒素を合成させる遺伝子情報を入れた。

 ここまでの工程は順調。後は成体になるまで飼育する。ニホンヒキガエルはオタマジャクシの時期が短い。そのためこの実験に適していた。

 やがて卵は卵割を繰り返し、孵化してオタマジャクシになり、そして成体となった。

「…小さすぎるのがちょっと問題だな」

 カエルとオタマジャクシの大きさは反比例すると言われている。ニホンヒキガエルは成体が大きい分、オタマジャクシはとても小さい。そのため成体になったばかりのカエルは一センチにも満たない。

「少々残酷だが、すりつぶすか…」

 大量の小さな成体をすりつぶした。そして遠心分離機で遠心分離を行い、いらない部分を捨てていく。

 こうして残った層には、カエルが生成した毒素が存在する。これがボツリヌス毒素であることを確かめる。

 マウスを十匹用意する。マウスにおけるボツリヌス毒素のLDは一万分の三マイクログラムである。

 その量の毒を十匹のマウスに注射する。後は時間をおいて、生死を確かめるだけだ。

 この日の講義が終わると、自室に戻った。しかし橘川さんに捕まった。

「准教授。今日は私のPCRに付き合って下さいよー」

「PCRか。いいぞ。どのぐらいDNAを増やすのだ?」

 堀北は実験結果を早く知りたいが、准教授としての職務も全うしなければいけない。

 他の学生の卒研も見ながら一日を過ごした。そして自室に戻る。

「おお」

 マウスは五匹死んでいる。

「ちょうど半分か。ならこの毒はボツリヌス毒素だな」

 一応、大学に保管されているボツリヌス菌のDNA型と、カエルのDNA型が一致するかどうか確かめてみた。

 見事に一致。堀北が生み出したニホンヒキガエルは、ボツリヌス毒素を作る能力を持っていた。実験はまたも成功。だが、

「しまった。カエルを全部すりつぶしてしまった…」

 このカエルは、卵を保管することができなかった。

「まあ、良い。実験自体は成功したのだから…」

 ボツリヌス毒素は五百グラムで全人類を殺すことができる。そんな危ないカエルを保管するのは危険過ぎだ。


 三月になった。何やら東北地方の方が騒がしいが、堀北は無関心だった。研究室の学生たちは四人とも無事に卒業でき、さらに大学院に進学できた。

「諸君と共に研究をすることができるのはとても嬉しいことだ。これからも日々、精進したまえ。今日は私のおごりだ。いっぱい飲んでいっぱい食べろ」

 居酒屋で学生を集めて、卒業と進学を記念した宴会を行った。

 四月からまた新しい四年生を迎え入れることになる。今度は三人。堀北の研究室が、人気がないのではない。普段の講義等で、やる気がなさそうと思われているから人が集まらなかったのだ。しかし少数の方が指導を上手く行き渡らせられるし、自分の研究も発見されにくい。かえって好都合だ。

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