第五話 押される戦い

 翌日の午後、部隊は進軍を始めた。

「まだ着かないのか、アダムス中尉?」

「地図によるともう少し前進すれば敵の要塞だ。兄貴によれば食料と水の補給ができていないらしい。攻撃するなら今しかねえ」

「だが負傷者も多い」

「負傷者は待機させる。流石に俺は怪我した人間に戦えとは言わんよ」

「…だがそうすると、また森の獣に…。負傷者は恰好の餌でしかないぞ?」

「部隊で元気な人間を三分の一守備に回す。お前もその中にいろ」

「…」

「別にジャクソンのことが原因でお前の評価を落としたんじゃない。数が多ければ獣も避けるだろう。それだけだ」

 ブラッドは無言で頷いた。

 アダムス中尉の部隊が進軍して三時間。

「…妙ね」

「どうしたエール?」

「何で敵兵と遭遇しないの? 敵だって必死のはずよ。私たちを止めようとするに決まってる。でもどこにもいない」

「アダムス少佐の情報によれば、要塞には大した数は残ってないらしい。部隊を編成して攻撃するのはやめて、要塞の守りを固めたんだろう、きっと」

 そうであるはずだ。だが銃声がした。

「敵か?」

「本当に、三分の二で勝てるの? 相手の数はレーダーによれば中尉の部隊より多いよ?」

「中尉を信じよう」

 ブラッドは負傷者と共にその場に残った。

「それ取って。今度はそっちに回して。エール、君はマスキングテープを貼って」

 ミハエルの手伝いをする。少し遠くで銃声がする。

「戦況はどうだグラディー?」

「あまり良くないよ。敵の数がこっちよりも多い」

「…仕方ない。アダムス少佐につなげ。応援をよこしてもらうんだ。じゃないとまずいぞ」

「でも空軍基地からは結構離れてる。すぐには来ないよ?」

「何もしないでいるよりマシだ。それに中尉がいくら優秀でも、敵軍を退けることはおろか、この状況を維持することすら難しいはずだ」

 無線機のスイッチを入れる。

「少佐ですか。こちらインガルス少尉。敵軍の数が予想より多く、苦戦を強いられています。至急応援を要請します」

 少佐は物分りが早い。すぐに対応してくれた。

「だが空軍機がそちらに到着するまで時間がかかる。それまで何とかしてもってくれ」

 援軍が来るまでもつのか、この状況で…。


 一方前線では、激しい戦いが続いていた。

「弾よこせ!」

「あっちの敵を撃て!」

 アダムス中尉は焦っていた。相手の動き。この森に慣れている。完全に知り尽くしている。おまけに数も多い。対して自分たちはさっき来たばかり。しかも負傷者の守備に人員を割いている。

「このままだと…まずいな」

「中尉! インガルス少尉が少佐に援軍を要請したようです!」

「本当かターナー?」

 アダムス中尉の表情が少し緩んだ。その直後、

「うぐわ!」

 ターナーは右腕に被弾した。

「大丈夫かターナー?」

「これでは撃てません、中尉…」

 ターナーだけではない。そこら中の味方から悲鳴が聞こえる。

 これ以上は戦えない。アダムス中尉は決断を下した。

「全員、インガルス少尉のポジションまで下がれ!」

 負傷しているとはいえ仲間と合流すれば、まだチャンスはあるかもしれない。ならばそれに賭ける。

「了解…」

 隊員たちは後退を始める。アダムス中尉もターナーの肩を持って下がる。

 だが敵はお構いなしに攻撃をやめない。


「進軍部隊が後退してくるだと!」

 ブラッドは無線から聞こえた声に対して驚いた。

「戦況を維持できないらしいです。やむを得ない決断です」

 別に撤退することを非難したいんじゃない。確かに三分の一は温存してある。だが、こちらは負傷者だらけ。もし敵が後を追ってきたら、逃げる時間がない。

「こちらも下がろう。来た道を引き返せ!」

 負傷者を見捨てるわけにはいかない。ゆっくりとこちらも撤退するのだ。

 しかしレーダーの範囲を広げたグラディーが悲鳴を上げた。

「駄目だブラッド! ガンシップが二機、来た道にいる!」

「何! しまった。銃声と負傷者の対応で気付けなかったか!」

「ガンシップはまだこちらに気付いてないけど、どうする?」

 後ろには逃げられない。

「どうします少尉?」

 焦りがブラッドの判断を鈍らせた。

「アダムス中尉の部隊を待って、合流しよう。下手に動けばガンシップの的だ。それに進軍部隊はそこまで負傷してないなず。援軍が来るまで待機すれば…」

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