第三話 中尉もできる
テントを張って寝る時間だ。
「グラディー、アラームは設定したか?」
「五百メートル以内に敵が入ればすぐ鳴るよ。大丈夫」
「なら安心だな」
明かりを消そうとした時、誰かが入って来た。
「インガルス少尉、いる?」
「俺がそうだが。お前は誰だ?」
「僕はミハエル・アダムス。中尉の弟だよ。衛生兵だ」
「ほうあの中尉の弟か」
「さっきは、兄さんが無礼だったね。気にしないで。戦況が良くないといつもああなんだ」
ミハエルは中尉と違って偉そうではない。
「資料を読んだよ。少尉の両親は戦死したんだってね…」
ブラッドはミハエルの言うことを訂正する。
「正確には負った怪我を治療する薬も医者もいなくて、それが原因で死んだんだけどな。ミハエル。お前にはそんなこと、起こさないことを期待する」
「任せてよ。入隊してから誰一人として死なせてないから。それとフィリップス兄妹についての資料が無いんだけど…」
「無理ないわ。私たち、正規軍じゃないもの。ブラッドに付いて来てるだけだし」
「名前だって偽名だもんね」
ミハエルは驚く。
「え?」
また説明するのか、面倒だがそうしないと納得しないだろう。
「二十二年前、俺が三歳で両親がまだ健在だった時だな。赤ん坊のエールたちは家の前に捨てられていた。先に気付いたのが確か親父。そして先に拾われたのがグラディーだ」
「だから俺が兄なんだよ。フィリップスっていう名前は戦死したブラッドの両親の同僚から取られたんだ」
「俺も親が死んでから孤児院に行った。親戚は子供ができたらしいが音沙汰ないしな」
「そうなんだ…。複雑だねインガルス家も。僕のところはみんな軍人になるしかなくてね。僕は医者になりたかったんだけど」
それで衛生兵になったのか。
「あ、そうそう。上からの通達なんだけど、明日、敵に援軍が来るらしい」
「確かなのか?」
「諜報部が掴んだ情報だよ。間違ってないはず」
「具体的には何が来るの?」
「輸送ヘリが一機」
「ヘリか…。機種はわかるか?」
ミハエルは言葉に詰まった。
「流石にそこまでは…」
グラディーの方を見た。グラディーは既にパソコンで調べものをしている。そしてある画面をブラッドに見せる。
「ブラッド。敵軍は多分このヘリを派遣したんじゃないかな?」
「このタイプか。わかった。ミハエル、部隊の狙撃手を一人よこしてくれ」
「それでどうするの?」
「簡単なことだ。着地前に落とす!」
次の朝。テントの前で狙撃手を待つ。ヘリが来るまであと少しである。
アダムス中尉が来た。
「お前何しに来た? 弟から話を聞いてないのか?」
「俺が狙撃する。部隊には狙撃手はいない」
ブラッドはため息を吐いた。
「素人がしゃしゃり出てくるな。俺とエールで何とかしよう」
「可能なことはできる限りする。これでも俺は軍人だ」
そう言う。覚悟はあるようだ。ブラッドは予備のスナイパーライフルを取り出した。
「また旧式かよ…」
「文句言うなよ。スコープだけは最新式なんだぞ。これを中尉、お前に任そう。それと作戦中は俺の言うことを聞いてくれ。じゃないと失敗するぞ」
「ちっ。わかったよ…」
アダムス中尉を連れて狙撃ポジションに向かう。
「木は登れるか?」
「それぐらいできる。馬鹿にするなよ」
別にそんなつもりで言ったわけではない。登れないと本当に困るからだ。
四人は木に登った。グラディーがパソコンの画面を確認する。
「そろそろ時間だよ。三人とも構えて」
耳を澄ますとヘリの音が聞こえる。
「あっちだな。で、どうするんだインガルス少尉?」
「お前はそうだな…。あのヘリの燃料タンクかエンジンか。どこにあるかわかるか?」
「わかるわけねえだろう。俺は航空機のエキスパートじゃない」
「じゃあ合図したらコックピットを狙え」
「パイロットを狙撃するのか?」
「いや。外していい。本命は俺とエールが仕留める」
「外していいだと? お前何考えてるんだ?」
「言うことを聞け、アダムス中尉」
「…しょうがねえな」
ヘリは着陸段階に入った。
「今だ」
しかしアダムス中尉はまだ撃たない。腕が震えている。中尉の狙撃の経験はゼロ。それなら当たり前だ。
「俺が代わりに撃とうか、中尉?」
「い、今撃つ」
中尉はトリガーを引いた。弾丸はコックピットの窓ガラスに命中はしたが、パイロットには当たっていない。
ヘリが少し上昇した。
「今だエール。燃料タンクを撃て」
「あいよ!」
エールの狙いは自分ほどではないが正確だった。燃料タンクから燃料が漏れ始めた。
「よし。これで終わりだ」
ブラッドはエンジンのど真ん中を狙った。狙いは正確。弾丸が命中した瞬間、ヘリは炎上し、大爆発した。
「何が狙いだったんだインガルス少尉? 俺がコックピットを狙った意味は?」
「ヘリを着陸させたくなかったんだよ。着地したらすぐに敵兵が降りてくるだろう? コックピットを撃てばパイロットは攻撃されていると思い、着陸を断念するはず。その隙に燃料タンクに穴を開け、燃料が漏れてる隙にエンジンを攻撃すれば見ての通りさ」
「そう、だったのか…」
「アダムス中尉。初めてにしては中々の腕だったぞ。もっと自信持てよ」
アダムス中尉はため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます