第03話 あなたはあなた、あなただけ
先輩が僕の手を引いてくれたその日から、ふたりの世界は、屋上という閉鎖された世界から、街の世界へと移行する。全てが移行するわけではないけれど、メインの世界はもう「屋上」ではなくなってしまった。
雑貨屋、バーガーショップ、服屋等、購入する、しないに関わらず、ただ、僕と先輩2人だけで様々なことをする。
ただ、先輩はそれだけを求めていた。
なぜこんなことをしてくれるのかと、僕は、ふと尋ねてみると
「私のことを知ってほしい。あなたのことを教えてほしい。」と
ちょっと赤くなった顔でいつもの微笑みとともに、僕にそっとささやき返す。
なぜ、こんなにも僕のことを気にしてくれるのか、屋上で交わす少ない言葉しか付き合いが無かったにもかかわらず。
「人を好きになるのに理由なんてわからない。そんなものでしょ?あっ付き合ってとか恋人になってとかそういうことじゃないのよ。」
なんて言葉を返された。
先輩のことが好きか嫌いかといえば好きだと思う。ただ、付き合うだの恋愛感情に関しては、以前のことが引っかかり躊躇する僕がいる。それに、初恋の彼女への気持ちは薄れたかと言えば、まだ、そうなりえていないと、僕の心は訴えかける。
まあ、色々考えてみたりしたけれど、お互いに付き合ってなんて言い出したわけでもないし、先輩も否定してるし、そんなことはありえないと思ってしまう僕もいるわけだし。
とりあえず気にしないことにしている。
そういえば、一緒に先輩と歩くたびに、先輩を振り向いて見る人がたくさんいる。
おまけで、嫉妬の視線が僕に向かって鋭く刺さる。
おかげで、なぜこんな綺麗な人が僕となんてと思わずにはいられなくなってしまう情けない僕がいる。
それでも、その苦痛を受けようとも、それを上回るほど少しずつ少しずつ楽しくなっていくにつれ、ふたりの時間が、次第に
僕の毎日の楽しみになっていたことに
かけがえのないものに
失いたくないものに
気になる先輩へと変化していることに
気付かされてしまう、気付かされてしまった。僕の心も少しずつ変化している、変化させられていると。
しばらく経ったある日、別に気にしていなかったのだけれども、学校でいつの間にか先輩と僕が付き合ってるなんて噂がたっているらしい。
さすが先輩、美人なだけあると思ってしまった。
だけど、僕となんてそれはあり得ないだろと。他人事のように思っていた僕だけど、あまりにも視線が痛くなってきて流石に鈍感な僕でもはっきりと理解した。
だから、先輩に迷惑を掛ける訳にはと、話をしてみた訳だけれども、僕が言ったある言葉に、先輩は、少し怒り気味に僕にこう投げかけた。
「あなたはあなた、あなただけ。僕なんてじゃなく、あなただけしかいないのだから。大切にしてね」と。
とてもとても嬉しい先輩の言葉。先輩の言うように僕は僕であり、僕だけしかいない。
たしかにそうだ。他にいるわけがない。
先輩は「僕なんて」という言葉に怒りながらも、唯一の僕という大切さを、そんな事考えたこともなかった僕に
先輩は伝えてくれ
僕が僕であるということを認めてくれ
僕が存在していい理由として教えてくれた
そして
「そんなことは気にしなくていいのよ。恋人と言われても私は別に嫌でもないし、逆に嬉しいし。ねっ。」
といつものように少し顔を赤くしながら微笑む先輩。
その言葉を僕は聞いた瞬間、先輩を見つめていた僕の目から、大粒の涙がこぼれてしまった。
そう・・・
僕の心が、先輩の言葉で、大きく、大きく揺れ動いてしまった。
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