第二話 嵐の前

「何を考え込んでたの?」

 帰り道で織姫が僕に聞く。

「…それは僕にもわからない…。あの時間、僕は何がしたかったんだろう……」

「劉葉が? それは戦うことを考えていたに決まってるじゃない!」

 確かにそうだけど、

「でも、そうは書けなかった」

「えっと、どういう意味?」

「あのプリント、僕は何も書けなかったんだ…」

 それを聞いて織姫は驚いた。

「何も? 嘘でしょう?」

「嘘じゃないよ。僕は名前以外、何も記入してない」

「一度書いて消しちゃったの?」

「いいや、本当に何も。一切手を付けてないよ」

 名前と出席番号は書いたけど、設問には何も答えられなかったのは確かだ。

「でも多分大丈夫」

「何で?」

「だって、帰りの会では何も言われなかったから」

「それは劉葉のプリントにまで目を通してなかったからじゃない?」

「そうかもね。でも、白紙も答えの一つだ!」

 織姫には、僕が強がっているように見えるだろう。

 でも僕は、そうは思わないし考えなかった。戦略的撤退だって立派な作戦だし、白紙解答は生徒が完璧でない証拠。僕は前向きに考えた。


 中園先生が職員室に戻って来た。自分の机に座って総合の時間のプリントに目を通した。

「あ、何も書いてない人がいる…」

 劉葉のプリントには、何も書かれていない。

「どうしましたか?」

 金沢先生がそれを覗き込んだ。

「まさか総合の時間に白紙とは思わなかったわ、劉葉君なら書けないはずないんだけど…」

「それは違いますよ? 彼は俺たち教師陣を困らせるのが目的ですからね。これもそういう作戦ですよ。踊らされてはいけませんよ、中園先生?」

「これは私たちへの当てつけだわ」

 水谷先生も加わる。

「何で授業中に叱ってやらなかったんだい?」

 火野先生も加勢する。

「…やっぱり今度は私の番なんですか?」

 劉葉と戦う時が来たのだ。中園先生は、本当なら平和的に解決したかった。だがこうなってはそんな事は言っても意味がない。

「そろそろ、この戦争を終わらせる必要がありますね」

 みんなが声のした方を振り向いた。

 校長先生だった。職員室内の様子を見ていたのだ。

「明日の朝、一時間目は授業変更。総合にしましょう。一年生を全員、中講義室に集めて下さい」

 校長先生の横にいた土屋先生が聞く。

「何か、策があるんですか?」

「最初から持っていた爆弾を、落とす時が来たようです」

「そんなものが? ならばなぜ、最初に落とさなかったのですか?」

「春に落としても意味がありませんから。この爆弾は劉葉君が生徒たちと団結して初めて、威力が発揮されるんです」

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