第三話 思いもよらぬ伏兵!
週末を挟んで月曜日になった。土日で必死に考えたが、恥ずかしいことに何も思いつかなかった…。
「どうだ、劉葉?」
「すまない…。何も…」
「仕方ねえよ。俺も施設の奴と相談したけど、そんな学校はやめた方がいいとしか言われなかった」
氷威は孤児院から通っている。僕は一人っ子だが、氷威には同年代の仲間がたくさんいる。けれど何も思いつかなかったらしい。無理もない。今回は先生に恥をかかせるのが目的じゃない。僕たちが完璧じゃないことを証明するのが目的た。そんな作戦、いくら知恵を絞ったって全く出てこない。
今日は一時間目から数学だ。
「どうする? また答え合わせしてからプリント回収よ? これじゃあ手の施しようがないわ…」
落胆する鈴茄。
「他の先生に、集団答え合わせを教えてみたら?」
祈裡が提案する。
「それは、良さそうだ!」
氷威が賛成した。だが僕は、それは通じないと思っている。
「何でさ?」
「先生の授業は絶対だ。僕たちは度重なる満点で、授業についていけている扱いになっている。職員室は成績が上がっていると勘違いしている。今更そんなこと言っても信じてはもらえないだろうし、証拠もない…」
「でも他に作戦がねえよ?」
「一つだけ、ある」
僕がもっとも実行したくない作戦。今はそれを実行に移すしかない。
「様子見だ!」
「何よそれ! 黙って見てろってこと?」
「反撃の機会をうかがうのも、立派な戦略だ!」
先生が来たので朝の作戦会議は終わった。
相変わらず凄まじいスピードで授業は進む。もう僕は黒板を見ていない。だって写し終わってなくても問答無用で消されるから。だったら教科書とにらめっこしてる方がいい。
またプリントの時間が来た。どうせ間違った解答を書いても呼ばれるだけ。ならば今日はちゃんと解こう。
十分経つと、やはり黒板に答えを書き始めた。それをみんな写す。僕も写す。
「オホホホホホオ! 劉葉ちゃんたち。わかってるわよね?」
僕ら四人は、プリントを持って前に向かった。
先生は僕たちが出したプリントに目を通す。
「な~んだ、やればできるじゃないの。全く心配させちゃって!」
鞭は来なかった。だけどこれは、負けを認めているようなものだ。
今日で三連敗。そろそろ戦況が怪しくなってくる。
僕たちの戦争は、このまま敗戦に突っ走ることになってしまうのだろうか…。
「じゃあ回収!」
後ろの席からプリントを前に回す。だが一列だけ、前に回ってこない。
「ちょっとどうしたの? 早くしなさい!」
僕はその列で、誰がプリントの流れを止めているか見た。
織姫だ!
織姫はプリントの問題にまだ取り組んでいる。
「織姫ちゃん? 写す時間はたくさんあったはずよね? 何で終・わ・っ・て・な・い・の?」
先生が織姫の前で、鞭を打ちながら言う。しかし織姫は、
「先生。わたしが解き終わるまで待って下さい」
「ウフフフフフ。駄ー目に決まってるじゃない! 早くし書き写しなさい!」
しかし織姫は手を止めない。あくまで自分の力で問題を解くつもりだ!
「やめなさいったら!」
先生が何度も鞭を打つ。いくら絶対的な先生であっても、暴力までは許されていない。だから織姫のことを無理矢理止めることはできず、ただ黙って見ているしかない。
「劉葉、あんた、止めなさい!」
僕は先生に命令された。でも、その気は無い。敵の思惑通りにこれ以上動くわけにはいかない! 他のみんなもそうだった。ただ織姫がプリントを解き終わるまで見守っていた。
僕は正忠の方を見た。彼なら止めにかかるかもしれない…しかし彼は状況が悪いと判断したのか、席から動こうとしなかった。
「もうー! 何してるのよ! あなたたち!」
何度も何度も鞭を打つ。それでも織姫は動じない。
「わたしは」
織姫が一度手を止めて、先生に向かって言った。
「わたしは、絶対とか完璧とか、学校が求めてくるものが何なのか良くわかりません。でも、学校は自分が学ぶところです! わたしは、いやみんな、完璧じゃないから頑張るんです! 先生が何て言おうとわたしは自分の実力でこのプリントを終わらせます。わたしはいつでも努力し続けたいですし、そもそも完璧じゃないから努力するんです!」
僕は織姫の台詞に感動した。作戦を立てず、自分をぶつけていく彼女のスタイル。作戦を考えて初めて行動に移す僕には、到底できないことだ。それを彼女はやってみせたのだ! 僕は無言で織姫に拍手した。そして氷威たちもそれにつられて手を叩いた。
一時間目はもう終わった。でも織姫はまだ解き終わってない。
「もう時間よ!」
先生はそう叫んだが、織姫はやめない。
「生徒が頑張っているのに、それを無理に止めようとするなんて、先生は生徒を舐めてるんですか? 授業の開始時間は先生が決められるなんて校則、生徒手帳には書いてませんでした。では、終了時刻を生徒が決めたって何も問題ではありませんよね?」
二時間目がもう二分で始まる。でもまだ織姫はプリントを手放さない。
「みんなおはよう…って水谷先生?」
英語の
「先生! 黒板!」
僕は木村先生に向かって叫んだ。
「あぁ! これは!」
「しまった…!」
先生は答えを書いた黒板を、まだ消していなかった。証拠がどうどうと残っている!
生徒たちに答えを教えていることが、他の先生に知られた決定的瞬間だった!
「…最近の数学のプリントの、異常なまでの正答率の高さは、これが原因ですか…。やはり生徒たちが解答していなかったんですね、水谷先生」
「ちょっと木村先生! これは、違うんです!」
「何が違うんです? プリントは教科書ノートをしまわせ、生徒たちの力だけで解かせる。そういう決まりだったはずです。偽りの完璧には、意味がありません」
「お願い、校長には言わないで! お願いよ、お願いお願いお願いお願い!」
木村先生は冷たく突き放した。
「駄目です。それでは生徒に示しがつきません。私たち教師は、生徒の手本にならねばいけません」
水谷先生はその場に泣き崩れた。
僕たちは改めて、織姫に拍手をした。生徒の完璧性は、崩れた! 織姫が崩してくれた!
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