第四話 勝利!

 基本的に五科目は毎日のようにある。今日も四時間目から国語。

「今度は後ろのドアにも黒板消し、挟むか?」

 氷威が提案する。

「きっとバレるわ! だったら前のドアにも仕込まないと」

 鈴茄が却下した。

「ならどうするんだよ?」

 僕はカバンから、プラスチックの筒を取りだした。

「お、おおおおい!」

 中にはスズメバチが入っている。いくら凶暴でも、餌を団子にしている時は飛ばない。よく駆除するためにその時に目印をつけて、巣まで案内させる方法がとられる。僕はそれを利用し、その時に捕まえた。

「スズメバチ二等兵には、今日出撃してもらう!」

「でも、どう使うんだ? 場合によっては俺たち、黒のブレザー来てる方に来ちゃうかもしれないぜ?」

「危険だわ!」

 二人は止めようとする。でも僕は引き下がらない。

「僕にはナイスな作戦がある!」


 十一時四十分。あと五分で先生が来る。その前にやるべきことがある。

 後ろのドアに黒板消しを仕掛けた。でもやはりこれは陽動だ。本命は前のドア。でもドアには何も仕掛けない。

 僕は前のドアの床に、あるものを撒いた。これで生徒、いや戦友を狙わせずに、先生だけをターゲットにしてくれる。そして二等兵は前の方で窓側に座っている祈裡に渡した。

「僕が合図を送る! そしたら出撃だ!」

「わかった!」

 時間になると先生がやって来た。開いたのは、前のドア。今日は後ろのドアは使わなかった。読み通りだ!

「全く、劉葉くん。君はいつになったら学習するのかね? 私が黒板消しに引っ掛かると本気で思っているなら片腹痛いぞ?」

 そして教室に入る。一歩踏み出した時、ピシャッという音がした。

「ん? 誰か水でもこぼしたのか?」

 今だ!

「はっくしょん!」

 僕はわざと、大きなくしゃみをした。そして視線を祈裡に送る。それを理解した祈裡は、窓の近くでスズメバチを解放した。

 直接意思疎通はできない。でも、既に攻撃命令は下されている!

「ハチだ!」

 クラスメイトの誰かが叫ぶ。先生も注目した。しかし、

「放っておけば逃げていく。窓を開けなさい」

 生徒に窓を開けさせた。自分で開けないのも、この授業体制の特徴の一つだ。

 スズメバチ二等兵は、まずは教室中を飛び回った。やがて先生に狙いを定めた。

「おおっと?」

 先生はしゃがんでかわす。でも二等兵も一回で攻撃を諦めはしない。また先生に襲い掛かる。

「しっし! あっちにいけ!」

 先生が教科書を振り回す。それは二等兵の前ではやってはいけないことと知らずに。

 スズメバチがカチカチと音を出した。これはもう、先生を敵とみなした合図だ!

 先生は教室の後ろの方へ逃げた。そんなんでかわせるとでも思っているのか? 二等兵は追う。

「来るなって! 何なんだ一体? 私が何したって言うんだ?」

 もう目の前五十センチくらいだろうか。二等兵に恐怖した先生は、後ろのドアから逃げようと、ドアを開いた。

「いて!」

 慌てて忘れてしまっていたようだ。後ろのドアに黒板消しが仕組まれていたことを。今ので転んでしまった先生は、床を這いつくばって教室から逃げて行った。

「うわ、わわわわわ!」

 先生は情けない悲鳴を上げた。

当然二等兵はそれを追う。

「良し! 作戦成功!」

 教室中から歓声が上がる。僕は思わずガッツポーズをした!

「凄い! でも、一体どうして先生だけ狙われたの? わたしたちの方が黒いのに?」

 織姫が疑問に思うのも無理はない。作戦にあたって僕がしたことは、他の戦友には悪いが秘密にしてある。機密漏えい防止のためだ。

「先生は水だと思っているけどね、それは違う! 整髪料さ!」

「セイハツリョウ? でもそれに何の意味があるの?」

「整髪料は、スズメバチの攻撃フェロモンと同じ成分なんだ。そんなものを踏んでしまったら、攻撃対象になるんだよ。さらに先生はスズメバチを撃退しようとした。それも逆鱗に触ったね。そんなことをすれば、地の果てまで追っていくよ」

 雑巾で整髪料を綺麗にふき取る。証拠隠滅。これが先生たちの言う、完璧だろう? それにスズメバチはこの季節、窓から入って来ても何もおかしくないんだから。

 火野先生の絶対性を、崩してやった!


 先生は十分後に教室に戻って来た。

「ハチは、どうしたんですか?」

 正忠が聞く。

「職員室の殺虫剤で、仕留めてやったよ…」

 そうか…。二等兵は戦士した。しかし無駄死にではない。立派に働いた。

「ところで、今の騒ぎで遅れてしまったね。今日の授業は十分オーバーさせる」

 これには教室中が大ブーイング。

「静かにしろ!」

 先生は叫んだが、みんな聞く耳を持たない。さっきの間抜け面を見たからには、もう火野先生は怖くもなんともない!

 結局先生の方が気負けした。授業はいつも通り十二時半に終わった。

 今日は、勝った! また一歩、廃止に追い込んだぞ!


 職員室では、四時間目の事件を火野先生が校長に報告した。

「すみません校長…。スズメバチのせいで、生徒たちがつけ上がってしまい…」

 校長は静かに火野先生の言い訳を聞いた。

「…まあ、過ぎてしまっては仕方ないことです。どうせ犯人は劉葉君でしょう?」

「そうなんですか?」

「昨日、昆虫図鑑を読んでいましたからね。そして教師に対してそんなことを思いつき、実行するのは劉葉しかいません。私の方から叱りつけておきましょう」

 火野先生は何度も頭を下げる。自分のせいで完璧絶対授業が揺らいでしまったからだ。

「頭を上げなさい、火野先生。こちらも教育者として、もっと強くあるべきですね。次の授業では、ワザとレベルの違う問題を出して。調子に乗っている生徒たちを叩きのめしなさい」

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