第三話 逃げるも作戦!

 先生は教科書をしまわせ、プリントを配った。ここからが国語の授業における大激戦と言っても過言ではない。漢字の読み書きのプリントだが、これには全問正解しないといけない。

「みんな渡ったね? 始め!」

 みんなプリントに書き込み始めた。僕も書く。

 巡回を始めた先生。和島わじま祈裡いのりの前で止まった。

「祈裡くん? どうして手を止めるのかね?」

「す、すみません…。どうしてもわからないです。き、教科書を見ては…」

 先生は机をバンと叩いた。

「駄目に決まっているだろう! そんなことをしたら君は、完璧じゃないよね?」

 そう。教科書やノートの類の閲覧は禁じられているのに、全問正解が求められる。プリントは答えが完璧でないと受け取りを拒否されるのだ。そしてそうなると、なんと欠席扱い。一応後から再提出できるが、出席点はガクッと下げられる。

 このやり取りに動じない奴がいた。氷威だ。氷威は机の下に予め開いておいた教科書を忍ばせ、自分の背中で見えないようにし、カンニングをした。やはり古典的な発想だが、効果的ではある。

 しかし動じなかったのがまずかった。無反応だった氷威は、先生の目にすぐに留まった。

「氷威くん?」

 言われた瞬間、氷威は教科書を机の奥に突っ込んだ。

「今、何かしていなかったかい?」

「教科書を奥にしまいました」

 氷威は正直に答えた。でも、正直だから許されるなんて甘い話はない。先生はすぐさま氷威の方へ行く。

「見たのかね?」

「いいえ。貧乏ゆすりしてたら、中身が出てきて落ちそうになったので。押し戻したんですよ」

 それで引き下がる先生ではなかった。教師としての長年の勘が、真実を見抜く。氷威の机に手を突っ込み、教科書を取りだす。教科書は、開いている。

「じゃあ何で、これがこのページで開いているのかね?」

 カンニングがバレてしまったようだ。それでも氷威は悪あがきをする。

「貧乏ゆすりで開いたんですかね?」

 今度は先生はグーで机をドンと叩いた。

「そんなわけがないだろう!」

 氷威を叱った後先生は黒板の前に移動し、黒板を叩いた。

「いいかね君たち! このクラスだけだぞ、こんなに不真面目なのは! 隣の三組を見ろ! カンニングなんて卑怯なことをする生徒は一人もいない。それがこの学校が求める真の生徒だ! 少しは見習ったらどうだ!」

 この授業体制が導入されてからもう何回もその台詞を聞いた。三組は早々に負けてしまい、もう学校の家畜、奴隷に等しい。見習うも何も、あったものじゃない。実は他のクラス、学年もそこまで酷くはないものの、ほぼ同じと言ってもいい。この間まで三年生の一クラスが頑張っていたのだが、内申点の話を持ち出され、陥落したようだ…。


 授業終了と共にプリントは回収された。僕個人としては全部答えたが、それが合ているかどうかは出席簿を見てみないとわからない。

「劉葉君だと、ちょっと怪しいかもね…」

 織姫が言う。僕はクラスでは、頭は良くも悪くもない奴と認識されている。成績が良いのにやることが馬鹿だからって意味もあるけれど、単純に成績にムラがあるって意味でもある。

 この戦場における唯一の癒しは織姫だ。彼女は戦争のことを知らない。だから気軽に話すことができる。

「僕は負けない! 全国の民間人のためにも!」

 民間人とは、他の学校の生徒のことだ。

「…良くわからないけど、頑張って!」

 今日のところは戦績は良くなかった。一まず退散だ。逃げるって? 違うよ、戦略的撤退って言うんだ。

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