第二話 負けるものか!
「起立! 礼! 着席!」
日直の
「さて今日は、走れメロスの続き。みんな、予習はしてきたよね?」
もちろんだ。予習は情報戦。予め内容を把握していれば、対処はしやすい。
先生が教卓に置かれたチョークを手にする。それは当たり前だ。でも、それは果たして本物のチョークかな? 実は白いクレヨンだったりして…。
しかし先生の取った行動は…。何と自前でチョーク入れを準備していた。
「く!」
もう既に二回、先手を取られた! 朝のうちに考えて仕掛けていた作戦は、ことごとく失敗に終わる。
「おっと今、喋ったのは誰だい? 記録しておかなければね」
「劉葉君です!」
正忠は先生に協力的だ。僕は彼を心地良くは思わない。だって彼はまるでスパイのような働きをする。対戦相手に利益をもたらす行為。いわば売国奴だ。
「劉葉くん? わかってるよね? 一点減点」
くそ! 早速被弾した…!
僕は自分で言うのもアレなんだけど、頭は良くも悪くもない。学業成績を見れば、通信簿には悪いことしか書かれない。でも、この戦争における僕の考える作戦には絶対の自信がある。だから良い方向――つまり作戦を考える上では、いかに先生を出し抜くかは、五万と考えられる。もっとも朝一では失敗こそしたが、作戦は他にもある。
板書される一文字一文字に目を配る。先生の誤字を探すのだ。この授業体制では先生側にも絶対主義が求められている。つまりそれが揺らげば、それだけでも十分戦況は有利になる。
しかし相手はベテランの火野先生。そう簡単に漢字を間違える人ではない。
こういう時、僕はすぐに他の作戦を遂行する。まず手を挙げた。
「何だい、劉葉くん?」
「昨日の続きは…そのページからではありません! 少なくとも二ページは進んでましたよ」
揚げ足を取る。恥をかかせることも作戦の一つだ。
この時間の戦争の作戦。それは古風だ。ベテランの火野先生からすれば、古風な作戦は相性が悪い。それは百も承知だ。あえて古風で挑む。先生の尖った鼻を折ってやる!
「これは、昨日の復習だよ、劉葉くん」
先生は黒板に四文字熟語を書いた。
「さてこれは、何て読むかな?」
指名された僕は、答える。
「じゃちぼうぎゃく、です!」
この戦争では、復習も怠らない。先生はどんな攻撃をしてくるかはわからない。だから復習も怠らない。
「うむ。正解…」
よし! 今度は先生に弾が命中した! これで五分五分。戦況は振り出しに戻った。
授業は進む。今音読をしているのは、
「ちょっとストップ。鈴茄くん、今なんて発音した?」
「ばくりゅう、ですけど…」
先生が黒板に濁流と書く。
「これはね、だくりゅうと読むんだ」
「なら先に、読み仮名がふってない漢字は正しい読み方を言ってください!」
「なんだねその態度は?」
勇敢に立ち向かってはくれる。でも彼女も、被弾してしまった…。
「すみませんでした…」
一度間違えるともうチャンスは与えられない。それもこの授業制度の特徴だ。完璧じゃない生徒は、次々と切り捨てられていく…。
授業に戻る。
「で、メロスなんだけども…」
先生はそれ以上言わなかった。無駄話をしていると学校にバレたら、叱られるからだ。先生がそんなのでは、生徒に示しがつかない。
しかし僕としては、是非とも続けて欲しかった。授業外での攻撃、いわば非武装地帯への爆撃になるが、先生にダメージを与えるチャンスが欲しかった。
「太宰治について、彼が他に手がけた作品で、何か思いつかないかね?」
クラスのみんなが手を挙げる。僕も挙げる。答えを知っているからではない。挙手しなければ理解していないとみなされる。それはつまり、完璧じゃないってことだ。
指名された生徒が、次々に解答していく。
「人間失格です」
「斜陽…」
「津軽」
みんな正解だ。そして有名なものが出そろってくると、みんな手を下げる。
でも僕は下げなかった。
「他にもあるかね、劉葉くん?」
先生は笑いながら僕を指名した。
「ロマネスク、春の盗賊、きりぎりす等があります!」
「…そんなあまり有名じゃないの言ってもね…」
確かに僕が今言った作品は、ウィキペディアに項目すらない。マイナーと割り切っても仕方ない。太宰さんには怒られるけども。
「メジャーじゃないから不正解というのは、作者に対して失礼です!」
反論は減点の元。でも言い包められるわけにはいかない。どんな些細なことでも、僕は正義を貫く。小さな戦争でも、僕は勝つ!
「………劉葉くんが正しい」
先生が折れた。良し! また弾を当ててやったぞ。
「でも今のはテストには出さないから、覚えなくていいよ」
逃げ道をいきなり作ってきた。戦略的撤退か、認めよう。深追いはリスクがある。
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