献立3
夜。じじじっ、と近くの木にいたであろうアブラゼミが窓を開けた音に驚いたのか、どこかへ飛んで行った。虫が集まらないように、部屋の明かりは消した。目の前の田んぼの稲の若い葉が擦れる音と、雨を心待ちにしているカエルの声が風に乗って耳に届く。窓際にクッションを置いて、背を預けた。ふう、と溜息をつく。
「溜息なんかついてどうしたの?悩み事?」
風に乗ってふわふわと風船のように浮きながら、黒と白の模様が夜闇にぼやっと浮かび上がった。
「うん、まぁね」
昼休みの出来事を思い出し、胸のあたりがザワザワしたことも思い出した。
「何があったの?僕でよかったら話を聞くよ」
獏は窓際に降り立ち、私と同じようにクッションに身を任せた。顎だけをクッションに乗せて、街灯の灯りを吸い込んでわずかに光るその大きな瞳を私に向けた。
私はもう一度ちいさく溜息をつくと、あの手紙を獏に差し出した。
「……これ」
「ふーん、手紙かい?……これは……!こくはく、というものなんじゃないの!」
「あなたもそう言うんだね」
「それ以外になんだって言うのさ」
獏はふん、と鼻を鳴らす。
好きだとか、恋だとか、告白だとか、たしかに今までに何度かあったのだけれど、正直よくわからないものであるし、今回はなおさらよくわからないのだ。避けてしまいたい、心の奥底でなくとも、そう思ってしまう。
「渡邉くん……わたしあまり知らないんだよね……それに、須崎さんが前に言ってたの。渡邉くんのことが好きだって。今日も渡邉くんって聞いて、ちょっと様子おかしかったし……」
「ふうん、なんだか大変そうだね」
「興味なさそうだね」
「だって獏は夢にしか興味がないんだよ」
「ふうん、獏も大変そうね」
話を聞くよ、と言ったのは、言葉のままだったのね、とがっかりする自分がいた。話を聞くからと言って、味方をしてくれるわけでも、望んだ答えをくれるとは限らない。この勘違いは私がしたのだから、と言い聞かせるけれど、やっぱりがっかりするものはがっかりする。
「よくわからないけれど……頑張ってね」
薄暗い世界で、獏の大きな目が細くなり、にこりと笑ったように見えた。
「うん、ありがと」
獏の小さな身体をひとなですると、獏はくるるると
喉を鳴らしてから窓の外へとゆっくり身体を浮かせた。
「じゃあ……おやすみ。また明日ね」
「おやすみなさい、また明日、良い夢を」
途端に意識が遠のき、ベッドへ倒れ込んだ。窓の外に、満月のような、青白い光が溢れた気がした。
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