献立2

「なぁ」

「え?」


昼休みが終わる前、廊下で同じクラスの男子に声をかけられた。河窪くんだ。クラスの男子の中でも係の関係で何度か話したことがある程度で、特段仲が良いわけではない。サッカー部に所属していることは知っているが、ただ、不良かぶれの男子たちとつるんでいるため、なぜ話しかけられたのか、少し戸惑った。

あれこれと考える私をよそに、彼はぶっきらぼうにこう続けた。


「これ、お前に渡せって言われてさ」


目の前に突き出された手には、まっしろな封筒が握られていた。


「……手紙?」

「じゃ、渡したから」

「え、ちょっ……」


河窪くんはそのまま踵を返して駆けて行ってしまった。もらった封筒を握りしめたまま、河窪くんの背中が小さくなるのを見つめた。おーい、廊下は走るなよ、と体育教師の高田先生の声が曲がり角の先で聞こえた。


「どうしたの、そんなところで突っ立って」

「え、あぁ、えっと、」


今度は同じクラスの女子の小林さんに声をかけられた。なにそれー、と隣にいた須崎さんが私の手を指差した。


「え、えっと、手紙……さっきクラスの男子に渡されたんだ」

「手紙……?」

「……取った!」

「あっ」


小林さんがすかさず私の手から封筒を抜き取った。封筒には封がされておらず、彼女は私が既に読んだものだと思ったのか、そのまま封筒を開け始めた。この封筒は、私よりも先に二人に読まれることとなってしまった。


「なになに……、……っっ!!」

「どうしたの……?何が……」

「ちょっとちょっと!さすがクラスのマドンナ!」

「えーなになにー!何て書いてあんのー?」


小林さんが興奮気味に須崎さんの肩を揺らす。小林さんが手紙の文をゆっくりと読み上げ、それに続いて須崎さんも反復して先を促した。


「えーこほん、『明日の放課後、』」

「明日の放課後……」

「『もし時間があったら……』」

「もし時間があったら……?」

「……」

「ちょっと、その先はー?」

「『体育館裏に……来い……』」

「た、体育館裏……?」

「ごめん、嘘〜〜」

「その嘘ひどくなーい??体育館裏って、一昔前の不良みたーい」


小林さんも須崎さんも楽しそうに笑っているが、体育館裏だろうがどこだろうが、結局は私に当てられたものであることに変わりはない。


「ごめんごめん、では改めまして……『明日の放課後、もし時間があったら音楽室に来てください。待ってます。 渡邉』」


粗方察しはついていたが、まさか、全く違うクラスの渡邉くんからの手紙だったとは思いもよらなかった。そういえば河窪くんは、渡邉くんと同じサッカー部であるし、よく一緒にもいるような気がする。だから彼が手紙を持ってきたのか、と少し納得した。だがそれにしても、何故話したこともない私に……


「渡邉くん……?え、なんの用が」

「なんの用が、じゃないよ!告白に決まってんでしょ!こ!く!は!く!!」

「え、でも渡邉くん、違うクラス……それに一度も話したこともない……」

「えー、嘘でしょ、よくうちのクラスに来てたじゃん!あんたの話してるの、聞いたことあるし!」

「……」


小林さんはテンションを上げて誰々がこう言っていた、あぁ言っていたと話す。ところが、須崎さんの様子がなんだかおかしい。渡邉くんの名前を聞いた途端、黙ってしまったのだ。

須崎さんの様子にやっと気がついた小林さんが、須崎さんに声をかける。


「須崎?どうしたの?」

「え?いや、ううん、なんでもないよ!いいなー!わたしもこういうのされたーい!」


今度は須崎さんが私の肩を揺らし始める。私は、あはは、と笑いながら、言いようのない不安を感じていた。


「で、行くでしょ?」


小林さんのテンションはまだ上がったままらしい。


「うん、まぁ……」

「報告、よろしくね!」

「はーい……」


仕方なく返事をして、モヤモヤしたまま午後の授業を迎えることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る