献立1

「うーーんっ、いい天気!」


朝6時。雲一つない快晴。けれど蝉の声だけで気温が上がっているような気がする。毎朝蝉の大合唱に顔をしかめるのだが、仕方のないことだ。今が夏なのだから、と諦めることにしている。蝉だって生きるのに必死だ。

蝉の声に顔をしかめる他に、朝起きてから必ずすることがある。

それは、部屋の窓を開けること。

真夏だって真冬だって関係ない。朝起きてすぐに、ベッドの側にある窓を全開にする。

夏でも冬でも、新しい空気は気持ちがいい。


「今日も、暑いなぁ……」


身支度をしよう、とベッドから立ち上がった時だった。


「まったく、うだるような暑さだよね」

「わっ!!!びっくりした……いきなり出てこないでよ!」

「……ごめん」


全開の窓にちょこんと座る黒と白の不思議な模様の生き物。

えへへ、とこちらを見てからもう一度、ごめん、と言うこの生き物は、獏だ。

獏といえば、動物園にいる黒と白のバイカラーでファンシーな生き物と、夢を食べて生きる伝説の生き物を想像するだろうが、この生き物は、後者だ。

だが、この獏は夢を食べるのにも関わらず、昼夜問わず出没するのだ。


「いつも思うんだけれど、獏なのにどうして朝に出てくるの……」


私の言葉に、きょとん、と首をかしげる。


「夢は朝にだって生まれるよ?」

「そうなの?」

「そう。二度寝がある」

「なるほどね、たしかに、そう言われれば」

「……」

「……何?人の顔ジッと見て」

「……しないの?二度寝」

「なにそれ!わたしは二度寝なんてしないからね!」

「ふふふ、知ってるよ」


私の二度寝を誘惑しにやって来たのかと思うと、少し腹立たしい。そんな私の様子を見て獏はケラケラと笑う。


「そういえば、時間大丈夫なの?」

「え!あ!もう!まだ支度してない!来るなら来るって言ってよ〜〜!朝ご飯食べてくる!」

「あぁ、いってらっしゃい」


来るなら来るって言ってくれれば、もっと早く起きたのに、と思う。バタバタと部屋を出ようとして、窓を振り返った。窓際でやる気なさそうに手を振る獏が、笑っている。振り向かなければ良かったとすぐに後悔した。






彼女がこちらを振り返り、頬を膨らませて部屋から出て行ったのを見送ったのと同時に、窓際に座る客がもう一人増えた。


「まーたここにいた」


大きなため息をつきながら、僕の隣に座ったのは、僕と同じ獏である。ため息をつかれるのはもう何度目かわからない。


「あぁ、おはよう」

「あぁ、おはよう、じゃないわよ……あんた、まだあの子をマークしてるわけ?」

「マークって……ずっと昔からのともだちだよ」

「あの子にとっては、でしょ。わたしたちからしたら一瞬よ」

「僕にとっても、だよ」


この獏も、ずっと前から知ってはいるけれど、絶対にともだちなんかにはしたくない、と思う。


「はぁ……言ってもだめね……あのね、何度も言うけれど」

「言ってもだめなんじゃないの」

「黙りなさい」

「……」

「あのね、たしかに私たちは人間の夢を食べて生きる獏よ。だけどね、」

「……人間の夢には限りがある」

「わかってるじゃない。あの子ももう高校生でしょ……もうそろそろ限界が来るわ、それにあの子、」

「いいんだよ。夢はまだ生まれる」

「そんなこと言って……もっと夢見る少年少女はそこら中にごろごろいるのに!」

「……知ってる」


そんなこと、知ってる。人間の夢には、限りがある。サンタクロースを信じる大人がいないのは、僕たちが人間たちの夢を食べ尽くすからだ。

こんなことを言うと語弊があるかもしれないけれど、僕たちが彼らの夢を食べることで、彼らは大人になれる。そして大人になるまでの人間の見る夢は、僕たちにとってはご馳走なのだ。

けれど彼女は、特別だ。


「はぁ……まぁいいわ。あなたのことだもの」

「言ってもだめだからね」

「ほんとむかつく。夢が捕れなくて困っても分けてあげないんだから!この偏食!」


そう言って窓から飛んで行ってしまった。

あなたのことだもの、だなんて言って、困るのは僕であって君じゃない。どうして機嫌が悪くなっているのか、理解できなかった。


「君だって、偏食じゃないか、イケメンの夢ばかり食べているくせに。……さて、僕もどこかに行こう」

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