死んでも愛してくれますか

「うわ、寒い!」

 真冬ではないが、まだ春とも言えない微妙な時期。幽霊の僕にはわからないが、ベランダはそれなりに気温が低いらしい。

「ちょっと待ってて」

 一度手を離して室内に戻り、上着を取ってくる。

「ありがと」

 上着を羽織って、左手をポケットに突っ込み、右手は再び僕の手を取った。

「あなたは私を蘇らせる」

 絵美がもう一度花言葉を呟く。

「僕がこうして現れたことを言ってるんじゃないの?」

 さっき思ったことを言ってみる。絵美は小さく首を振った。

「蘇ったのは私だよ。健斗君が私を蘇らせたの」

「どういうこと?」

 正直、何を言ってるのか分からなかった。死んだのは僕の方なのに。


「健斗君が死んだとき、私も死んだようなものだった。病院から連絡があって、慌てて駆けつけて、亡骸を見て泣いて。何も考えられないまま手続きが進んで、葬式もして。ああ、終わったんだ。もういないんだ。一人になったんだ。そう実感して、死のうと思った」

 自分が死んだ後の様子を、僕はずっと見ていた。まだ誰にもこの姿を認識されず、不思議な気分で自分の亡骸や葬式を眺めた。

 当然、絵美が悲しんでいたことも知っている。

「全部終わって家に帰ってきた時、いきなり健斗君が見えるようになった。幻覚や妄想なんじゃないか、追いつめられて私はおかしくなったんじゃないかって思った」

 あの日、最後の望みをかけて家を訪れた。それでも見てもらえないなら、どうにかして消えてしまいたいと思っていた。話すことも触れることも出来ずにただ見守っていられるほど僕は強くない。

「その日からずっと私には健斗君の姿が見えて、声が聞こえた。妄想なのか幽霊なのか分からないし、こんなこと人に相談できないし、健斗君はなんでもないように普通に話しかけてくるし、どうしていいか分からなかった」

 とても悲しんでくれている姿を見たから、少しでも元気になってほしかった。だからなるべく普段通りにしていた。たしかに最初の一ヶ月くらいは会話が成立しなかったり、突然怒ったかと思えば無視されたり。おかしな様子だったが、自分がおかしな状態だから仕方ないと思っていた。まさか妄想の産物とまで思われていたとは気づかなかったが。

「だけど、一ヶ月くらい経って、やっとちゃんと話したとき」

 覚えてる。死んでごめん、許してくれますか。そう言ったら絵美が泣き出したときだ。

「あのときに、なんとなく分かったの。これは私の妄想じゃなくて、本当に幽霊なんだって。そうしたら、なんか吹っ切れた。まだ一緒に居られるんだ、それならもっと二人で楽しく過ごせばいいじゃないか、って。その時に、私は蘇ったの」


 初めて聞いた、僕が死んだときとその後の絵美の気持ち。嬉しさと申し訳なさでいっぱいになる。

「ありがとう」

「なんでよ。私の方がありがとうって話をしてるのに」

「なんというか、そんなに想っていてくれたことに対して」

「……馬鹿」

 なんとなく照れくさくなって、二人で花を見たり、空を見たりしていた。

 絵美はどこからかお猪口を取り出してまた酒を飲む。さっきベランダに出る時にちゃっかり持ってきていたようだ。

「ねえ、今でも私のこと好き?」

「うん」

「じゃあ、この先私だけお婆ちゃんになっても?」

「うん」

 酔ってるのかと思ったが目が真剣だったので真面目に答える。

「どうしたの?」

「死んでも好き、ってこういうことなのかなって思って」

「そういうこと、かな。とりあえず、こんな姿になってても好きなのは変わらないよ」

「じゃあ最後にもう一つ」

 少し笑って話したあと、また真面目な顔になった。


「私が死んでも愛してくれますか」

 彼女が死んだ時どうなるのか。僕のように幽霊になるのか、あっさり天国に行くのか。一緒に居られるのか、別々になるのか。何も分からないけど、答えは決まっていた。

「もちろん。変わらず愛し続けます」

 だって、変わらず愛してくれた君だから。


「まあ、まだまだ先の話だけどね」

 うってかわって軽い調子で絵美が言う。

「分かんないよ。死ぬ時はあっという間なんだから」

「さすが経験者。重みが違うね」

 いつも通り笑って軽口を言い合う。まだまだ湿っぽくなるような時じゃない。僕らの結婚生活はこれからもずっと続くのだから、笑って明日を迎えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んでも愛してくれますか 暗藤 来河 @999-666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ