バレンタインはチョコ以外

 二月十四日。バレンタインデー。

 昨日まで絵美は職場で配るためのチョコを作っていた。

「健斗君は何か欲しいものある?」

「とりあえず食べ物以外」

「それは分かるけど」

 そんな会話をしたので何かもらえるようだが、具体的に何を、というのは催促するみたいで聞けなかった。

 そのせいで今はそわそわしながら絵美の帰りを待っている。


 夜になり、いつもより遅い時間に絵美が帰宅した。

「おかえり。……どうしたの、それ」

 いつもの買い物袋とは別に、家電量販店の大きな袋を持っている。それなりに重いようで疲れた様子だった。

「い、いいから、とりあえず、手伝って……」

 息を切らしながら助けを求めてきた。袋を受け取り、少しずつ運ぶ。

 なんとかテーブルまで運び、袋から中身を出す。中には段ボールの箱が入っていた。何か気になっていると、

「とりあえずこっちから」

 と言って絵美が買い物袋の方を漁る。その様子をケイちゃんも興味深々で見つめている。

「これはケイちゃん用ね」

 まず出てきたのは猫缶だった。普段からあげているものではなく、ちょっと高いやつ。

「おなか空いてる?」

「にゃ!」

 ケイちゃんが元気よく返事をする。よしよし、と満足そうに言って絵美が猫缶を開ける。ケイちゃんはもう一度鳴いてから勢いよく猫缶に飛びついた。

「それで、これが自分用。こっちがお供え用」

 続いてチョコが二つ出てきた。一つを仏壇に供える。お供え用まで用意してくれる気持ちはすごく嬉しい。嬉しいけども、やっぱりもう一つの箱が気になる。

「ありがとう。それで、こっちは?」

 待ちきれずに聞いてみる。最後に回されたからその分期待も高まっていた。

「さあ、お待ちかねのバレンタインのプレゼントだよ」

 絵美が箱を開ける。やっと中身が分かった。

「スピーカー?」

 低音用のウーハーと高音用のツイーターでセットになった、木目調のスピーカーだ。スマートスピーカーが人気を伸ばしてきている今でもそれなりの値段がしそうなしっかりした造りだった。

「前使ってたスピーカー壊れちゃってそのままだったじゃない。家事とかするときもよく使ってたのに、今はPCから直接音出してるでしょう。やっぱりちょっと物足りないかなって思って」

「よく見てるね」

 食べ物以外と言っただけで、ここまでピンポイントに欲しいものをくれるとは正直思わなかった。絵美が欲しいものは何か、普段の様子から当ててみろと言われても僕には難しい。

「正直、お店の袋を見たときは食洗器とかだと思った」

「私もそれは考えた。ていうか、そのつもりでお店に行ったんだけどね。お皿割っちゃうと困るから洗い物は私がやってるけど、食洗器があれば任せられるし。でも途中でスピーカーのコーナーを通ったときに、これだって思ったの」

 食洗器の予定だったのか。それは僕が欲しいものというより、絵美がやって欲しいことなのでは……。


 深く考えないことにして、PCとスピーカーを繋ぐ。音量を調節して、近所迷惑にならない程度に大きな音で曲をかける。

「おお、良い音」

「あ、この曲」

 僕が音質の良さに感動して、絵美が流れてる曲に気づく。よくある、チープなラブソングだ。僕らが高校生の頃に流行った曲。歌詞は出会いから結婚までのカップルの気持ちを歌ったものだ。

「懐かしいね。こんなに良い曲だったんだ」

「高校生の頃とは感じ方が違うよね。スピーカーが良いからかな」

 笑いあってそんなことを言いながら、この日は寝るまで音楽を聴いて話をしていた。

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