早朝ドライブデート

 三時間だけ寝かせて、と言い残して年を越してすぐ絵美は眠りについた。今夜はお酒も飲んでいなかったので大丈夫だろう。というか珍しく飲まなかったのは、最初から初日の出を見に行くつもりだったからか。


「絵美、起きてー」

 きっかり三時間後に声をかける。万全の状態にしたかったのか、ちゃんとベッドで眠っていたが、それ故に快眠すぎて目覚めない。

 しかしこんなこともあろうかと秘密兵器を用意してきた。

「ケイちゃん、頼んだ」

 抱えてきたケイちゃんを解き放つ。一目散に駆け出して、絵美の顔まで迫る。そこで回れ右して尻尾を振り回した。

「ん、うーん……」

 パタパタと尻尾を顔に当てられて絵美がうめき声をあげる。ここまでくれば起こせるだろう。

「絵美、時間だよ」

 声をかけつつ肩を揺する。それでやっと目が開いた。

「んー……。あ、もう時間か」

「うん、おはよう」

 一度目覚めると覚醒は早い。あとは放っておけばすぐに準備に取り掛かるだろう。


 約二十分後、僕らは車に乗り込んでいた。

「よーし、出発!」

 絵美のかけ声とともに車が走り出す。洗顔と着替えだけを済ませたすっぴんの嫁さんは、寝起きとは思えないテンションの高さだった。

「もうちょっとゆっくり準備してもよかったんじゃない?」

「いいよ、人に会うわけじゃないし。それとも健斗君は化粧してない私は嫌だって言うの?」

「いえいえ、化粧なんかしてなくても綺麗です」

 とりあえず褒めておいたら嬉しそうに笑った。いつもなら、馬鹿にしてるでしょ、とか、そういうのいいから、みたいに言われるのに。徹夜明けみたいな感じでハイになってるのかな。

「運転、きつかったら休んでもいいからね。三時間しか寝てないんだし」

「大丈夫よ。昨日は昼間もちょっと寝てたし。楽しくてテンション上がってるだけだから心配しないで」

 僕が不安に思ってることだけじゃなくてその理由までお見通しだった。これなら本当に大丈夫そうだ。


 しばらく車を走らせて人気のない道を進む。やがて山の麓まで来ていた。

「どこまで行くの」

「車はここまで。あとは歩くよ」

 車を降りて並んで歩く。山と言っても険しい道ではなく、軽いハイキングコースのような所だった。二十分程度歩いただけで眺めの良い場所に辿り着く。

「良かった、ここなら人がいないと思ったんだよね」

「よくこんな場所知ってるなあ」

 今日のために調べていたのだろうか。いつものことだが、勢い任せなようで意外と計画的だ。

「ああ! もう太陽見えてきてる!」

「絵美、ちょっとスマホ貸して」

 はしゃいでいる絵美からスマホを受け取り、カメラを起動する。

「え、写真撮るの?」

「うん、だめ?」

 ちょっと嫌そうな反応をされる。せっかくだから日の出を背景に一枚撮りたいと思ったのだけど。

「化粧してないって言ってるのに……」

「いいから、笑って笑って」

 不満そうにしている絵美にむりやり笑顔を作るように促す。太陽がちょうど良い位置まで上がっているので早く撮りたい。

 絵美が困ったように笑う。これはこれでいいかと思って写真を撮った。

「どう、綺麗?」

「うん、化粧なくても綺麗だよ」

「そっちじゃなくて」

 スマホを奪われる。写真を見て、

「ん、まあ許す」

 と偉そうに言われた。自分ではけっこう良い出来だと思うのに。

 そんなことをしているうちに、太陽は高く上がってしまう。

 新年早々、締まらない二人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る