移り変わらぬ気持ち

 週末。気合の入った夫婦の姿がそこにあった。

 植えるのはローズマリーとチョコレートコスモス。午前中に絵美が買ってきたのだが、僕はチョコレートコスモスという名前すら聞いたことなかった。

「なんでこれにしたの?」

「まだ秘密」

 単純に綺麗だから、とか初心者向けだから、という言葉が返ってくると思ったらまさかの黙秘だった。あとで花言葉とか調べてみよう。

「それではガーデニング教室を始めます!」

「よろしくお願いします」

 早速作業に取り掛かる。


「なんでいきなり土入れるの! 下に石入れてから!」

「え」

「ちょっと入れすぎ!」

「あ」

「苗はもっと真ん中!」

「う」


 散々怒られて、なんとか鉢に植えるところまで終わった。

「お疲れさま」

「お疲れさまでした……」

 疲れ果てて床に寝転ぶ。もっと簡単に、土入れて苗入れてはい終わりー、みたいなものだと思ってた。

「正直甘く見てました……」

「精進なさい。まあここからは基本的に水やりをしっかりやってくれれば大丈夫だから。剪定も必要だけど、そのときは私も手伝うよ」

 それなら安心だ。

 植えたばかりの鉢植えには当然変化はないが、なんとなく二人で部屋からベランダを眺める。

「ちゃんと咲くかな」

「植えるのはもうちょっと早い方が良かったけど、この時期ならまだ大丈夫みたいよ。心配しなくても、ちゃんと世話してくれれば咲くから」

 プレッシャーかけないで。

 その後世話の仕方を詳しく教えてもらって、めでたく僕の日課が増えた。

「ところで、ローズマリーとチョコレートコスモスを選んだ理由って……」

「秘密って言ってるのに。じゃあ一つだけ」

 いくつあるんだ。

「花言葉って、一つの花にたくさんあるんだけどね。ローズマリーの花言葉に、変わらぬ愛っていうのがあるの」

「チョコレートコスモスは?」

「移り変わらぬ気持ち」

 変わらない気持ち、変わらない愛。嬉しいような恥ずかしいような。花言葉ってだいたいそういうものだっていうのは分かってるけど、改めて聞くとこそばゆい。

「じゃあちゃんと咲かせないとだね」

「枯らしたら気持ち変わっちゃうかも」

 軽口を言って笑う。さっき一つだけ、と言っていたから他にも理由があるのだろう。たぶん花言葉を調べたら分かるかもしれない。でもやめておこう。花が咲いたら教えてもらうことにする。これ以上プレッシャーをかけられても困る。


「あ、そういえばチョコレートコスモスの花言葉だけど」

「うん?」

 まだ夕方なのに、絵美は冷蔵庫から缶ビールを出している。

「恋の終わりっていう意味もあるみたい」

「えーー……」

 けらけら笑いながらプシュッと缶を開ける音が響いた。

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