昼間の過ごし方

 サイトの運営を始めて、平日昼間の過ごし方が少しずつ変化した。

 できるだけ毎日更新してアクセス数を確認する。終わったら掃除、洗濯、ケイちゃんの世話。

 ケイちゃんは僕と絵美の力関係を瞬時に理解したようなので、絵美の言うことは聞くが、僕にはあまり従わない。たぶん対等だと思われてる。

「ケイちゃん、ご飯だよー」

 のそのそと歩いてきて黙々とご飯を食べる。ちなみにちゃん付けしないと絵美が怒るのでケイちゃんと呼び続けている。今ではケイと呼んでも反応しなくなってしまった。

 以前は中途半端に終わっていた掃除と洗濯も少しずつ成長してきた。

 掃除機は落とすと危ないので禁止令が出たが、代わりにゴミをまとめたり小物を整理したりしている。終わったら洗濯物を取り込んで畳む。少しでも触れる時間を短くして効率よく畳む方法を二人で考えて、なんとかそれらしく畳めるようになった。

 これだけで一日が終わることもあるが、早く終わった時は冷蔵庫のチェックもするように言われている。期限切れの物があったら処分して、足りないものがあればメールしておく。今は特に足りないものは無い。お酒が無いけど我慢してもらおう。


「ただいまー」

 夕方になり、絵美が帰宅した。スーパーの袋を片手に持っている。

「おかえり。何買ってきたの? 冷蔵庫の中はまだいろいろ入ってるけど」

「お酒とお線香。どっちも無かったよね」

 お酒はわざと報告しなかったのに、しっかりしていらっしゃる。

「あ、線香も無かったんだ。そっちは気づかなかった」

「もう、自分のものなんだから気にしておいてよ」

 僕のものって言われるのも複雑な気分なんだけど。そもそも僕の本体というか魂は今ここにいるわけで、仏壇や墓にはいない。そう考えると線香をあげるのももったいないと思ってしまう。

「あ、洗濯物ありがとう。畳むの上手くなってきたね」

「そろそろ免許皆伝?」

「うーん、二級くらい」

 けっこう厳しい。いや基準が分からないから何とも言えないけども。


「健斗君、今楽しい?」

「……うん、面白いよ」

 テレビのドッキリ番組を見てたらいきなり変なことを聞かれる。ちょうど画面の中では芸人が落とし穴に落ちたところだ。

「違う違う。今、仕事と家事ばかりじゃない」

「ああ、そういう話」

 今まではそれでも時間が足りないくらいだったから気にしていなかった。

「もう掃除と洗濯も大丈夫そうだし、暇になっちゃうんじゃないかと思って」

「もしかして、ご飯も作ってほしいとか」

「そうじゃなくて」

 否定されて安心した。味見も出来ないで料理をするのは無謀すぎる。しかも食べるのは僕じゃなくて絵美だし。

「もうちょっと遊びというか趣味というか、そういうのがあってもいいんじゃない?」

 趣味。なんか遠い昔のような響きだ。

「うーん……」

「なに、変なこと言った?」

 歯切れ悪く返事をすると詰め寄られる。なんと言っていいか分からず、正直に聞いてみた。

「……僕の趣味って、なんだっけ」

「……」

 信じられないものを見るような目で見られる。気持ちは分かる。分かるけど、自分の趣味は分からない。

「え、だって昔はピアノとか」

「高校まではね」

「小説とか好きだったよね」

「就職してからは読んでないなー」

「……あ、あれ! サッカーやってた!」

「それは中学まで」

 こうやって振り返るといろいろやっていたんだな。ていうか高校からの付き合いだからサッカーしてるところは見たことないでしょう。

「なんか、年取ると趣味なくならない?」

「そりゃ子供の頃に比べたら自由な時間は減るけど、大人になっても趣味に生きる人だっているのに」

「じゃあ、絵美の趣味は?」

 試しに聞いてみると、どこからともなくワインボトルが現れた。今日はワインの気分らしい。

「一緒に飲めればいいんだけどねー」

「飲めても僕のが先に潰れるからなあ」

 生前はよく一緒に晩酌したが、同じペースで飲んで僕が潰れるか、僕が抑えて彼女が潰れるかのどちらかだった。


 今では食事もしないしお酒も飲まないけど、絵美の晩酌に付き合って話を続ける。

「趣味は追々考えるとして、何かやってほしいことはないの?」

「うーん、特にないかなあ。掃除と洗濯してくれてるし。ていうか洗濯物も基本的に私のばっかりなのにやってもらってるから十分だよ」

 僕も服を着替えようと思えば着られる。ただ必要がないからこの前の甚平とかデートの時くらいしか着替えないので、洗濯物はほとんどない。

「……ガーデニングとか、してみようかな」

「え?」

「え、だめ?」

 ふと思いついて言ってみたら意外そうな顔をされた。

「だめじゃない! やってやって!」

 一拍おいて食いついてきた。緩急がすごい。

「私もね、そのうちやりたいってずっと思ってたの。でもなかなか始められなくて。健斗君がやってくれるなら嬉しい!」

 どんどんテンションが上がっていく絵美を見て、後に引けなくなった。この前みたいにベランダに出たときに緑があるといいな、くらいに思っただけだったんだけど。

「何がいいかな。ミニトマトとか、ハーブ系とか。ローズマリーなら割と簡単って聞いたことあるような……」

 何を育てようか真剣に考え始めた絵美に苦笑しながら、そっとワインボトルをしまった。



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