夢の跡
「気持ち悪い……」
「そりゃそうでしょ……」
お月見の翌朝。二日酔いの絵美と一晩中片付けをしていた僕。ベッドの上には二体の屍が並んでいた。とても新婚夫婦には見えない。
あれからなんとか絵美を部屋まで連れて行き、ベッドに寝かせた。その後食器や椅子を片付けて、終わった頃には外は明るくなっていた。幽霊だから睡眠は必要ないといっても精神的な疲労はどうにもならない。
「なんか、変なこと言ったような気がする」
「寝言すごかったよ」
「そうじゃなくて」
昨日話したことは覚えていないらしい。僕の口から言うのも照れくさいので黙っていよう。
「はい、とりあえず水飲みな」
「ん……」
ゴクゴクと音を立てて水分補給をする。二日酔いでも男らしさが増す、可愛らしい嫁さんだった。
「よし! 復活!」
ペットボトルの水を飲み干して元気を取り戻した。どれだけ単純な構造をしているんだ。
「はー、今日休みで良かった」
「良かった良かった。今日はゆっくり休みなよ」
念のため貯蔵されていた酒類は夜のうちに別の所へ隠しておいた。さすがにこんな状態で今日も飲むとは思わないが、いや、でも……、と葛藤した結果、自分の嫁より勘を信じたのだった。
「じゃあ、今日は何しよっか」
「だから休もうって」
本当に完全復活してしまって、僕の静止を聞く気はないようだ。
「きゃーーー!!」
物陰から突如現れるゾンビ。叫び声をあげる絵美。耳を塞ぐ僕。
「いやーーーー!! ……うわっ」
僕の腕に縋りついていた絵美は急にすり抜けて倒れ込む。
外に出ようとする絵美を止めるべく、テレビでホラー映画を上映していた。怖がりなのに見たがる絵美は僕の目論見通りテレビに釘付けとなっている。
映画はクライマックスを迎える。ゾンビやら幽霊やら盛りだくさんで、最後は十字架や聖水などを駆使してなんとか逃げ延びるカップル。ついに逃げ切った、と思ったところで消えたはずのゾンビが現れて終了。
「あー、怖かった……」
怖さのせいか叫び疲れたせいか、絵美はぐったりとしている。
「幽霊と暮らしてるくせに、こういうのはやっぱり怖いんだ」
「それとこれとは別でしょ。はあ、盛り塩しとこうかな」
「ごめんなさい、やめてください」
僕に効くかは分からないけど、そんなことで消されたら成仏しきれない。
映画を見終わって、適当なバラエティー番組に変える。もう一本ホラー映画を見せたら本当に厄除けを始めてしまいそうだった。
「もう夜になっちゃったね。映画見ただけなのに」
「活動開始したのが昼過ぎだったからね」
ゆっくり過ごせて僕は安心したが、絵美は少し不満そうだった。昨日言いかけていた話を思い出す。
「来週の休みは何しようか」
「え、どうしたの、急に。いつもは私が誘わなきゃ動かないのに」
ひどい言われようだ。動かないんじゃなくて、いつも先に誘われるだけだ。僕から誘ったこともあったはず……。
「あ、もしかして私昨日何か言ってた?」
「イッテナイヨ」
「ケイちゃん」
「にゃ!」
突然猫パンチが飛んできた。いつの間にそんな芸を仕込んでたんだ。
ケイちゃんは満足げに絵美の元へ歩いていき、ご褒美をねだる。
「それで?」
「え」
「何かしたいことあるの?」
撫でられてるケイちゃんを恨みがましく眺める。勢いで言ったけど何も考えてなかった。そんなことを言ったらもう一発飛んできそうだ。
「やっぱり私言っちゃったのね。気にしなくてもいいのに」
「いや、でも」
せっかく一緒に居られるのだからもっと思い出をつくりたい、というのは同じ気持ちだ。
「じゃあ、来週の休みはデートしよ。行き先は私が決めるから」
「え、外出なの?」
外だと一人で喋る可哀想な人になるのでは。
「大丈夫。任せなさい」
自信たっぷりに言い切る絵美に一抹の不安を残して、今週の休日は終わりを告げた。
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