2.降下

「行け! 行け! 行け!!」

 〝フォックストロット〟の二人がハッチから外へ。ロープ一つのファスト・ロープ降下。

 コンマ秒のタイム・ラグ、M4A1の銃声が耳に刻んでフル・オート。

『着地!』次いで〝フォックストロット1〟から声。『敵を発見、数は3!』

「〝ゴルフ〟降下用意!」曹長が指示。「〝フォックストロット〟、タイミング報せ!!」

 視界の端、〝ゴルフ〟の二人がロープを掴む。

『今!』いきなり〝フォックストロット1〟。『急いで! 残弾が尽きちまう!!』

「行け!」曹長は舌を打つ暇さえ惜しんで、「行け! 行け!!」

 〝ゴルフ〟の二人が空中へ――ファスト・ロープ降下。屋上に再び銃声、乱れ撃ち。

「〝フォックストロット〟、M84を!!」

 M84閃光手榴弾なら、一瞬なりと敵に混乱を招き得る。

『文句なら敵に!』〝フォックストロット2〟から苦言。『あいつら無茶苦茶撃ってきやがる!!』

 敵の弾幕で頭も上げられなければ、手榴弾など使えるはずもない。

「〝エコー〟!」曹長に断。「続いて降下する! 〝フォックストロット1〟、タイミング報せ!!」

 曹長自身と〝エコー2〟が並んでハッチ際、ロープを掴む。

 〝ゴルフ〟が掩護に入れば、頭数と弾幕では優位に立てる。ただし敵の乱射に対抗するには、30連弾倉でも長くは保たない。

『今!』〝フォックストロット1〟から指示。

 同時、曹長と〝エコー2〟が並んで降下。

 視界が開ける。パトライトの波。屋上に銃火。敵から曳光弾、視界に軌跡。

 ろくに減速もせず屋上を目指す。転落さながら――寸前で摩擦、減速――した直上をかすめて曳光弾、緑の軌跡。

「!」

 ロープを手離す。床へと墜ちる。背中からの受け身を一つ――の上を曳光弾。

『曹長!』

「無事だ! 構うな!!」脚を後ろへ切り返しつつ曹長。「掩護する! M84をくれてやれ!!」

 〝エコー2〟が乱れ撃ち。こじ開けた隙へ〝フォックストロット2〟が投擲、閃光手榴弾M84。

『カウント2!』〝フォックストロット2〟が警告。『2!』

「起爆後〝ゴルフ〟突入!」曹長が指示。

『1!』

「用意!」

『起爆!!』

 眼を伏せる。閃光――に衝撃波と爆音が続く。動物としての本能が敵の弾幕に陰りを呼ぶ。

「行け! 行け! 行け!!」

 言いつつ曹長も5.56ミリ弾を乱れ撃ち、敵の頭上に弾丸を撒く。その隙間を縫って〝ゴルフ〟の2人、低姿勢で敵へと肉迫。

『命中!』

 快哉は〝フォックストロット1〟から。敵の銃火が一つ減る。そこで〝ゴルフ〟が床へと伏せた――と。

 敵の銃火が――止んだ。

「白旗か!?」訝る曹長。

『敵が手を!』〝ゴルフ2〟が指摘。『手を上げてます!!』

 見えた――敵の掌。それが2組。

「撃ち方やめ!」曹長が叫ぶ。「繰り返す、撃ち方やめ!!」

 銃火が止んだ。オスプレイの下降気流に洗われる中、別種の緊張が取って代わる。

「警戒そのまま!」敵の2人を凝視しつつ、曹長は回線に声を乗せた。「〝エコー〟、〝フォックストロット〟、敵の身柄を確保する! 〝ホテル〟降下! 〝ゴルフ〟は掩護、警戒を緩めるな!!」

 匍匐姿勢から一挙動、低く身を起こして狙点を敵へ。

「両手を頭の上に!」ゲリラが応じたのを確かめつつ前進。「両足を交差させて顔を地面に!!」

 狙点を据えたまま、爪先でゲリラの腕を捌いて後ろ手に。3人でゲリラを1人ずつ、残る〝フォックストロット2〟がゲリラの手足をプラスティック・ワイアで拘束にかかる。

「よし!」曹長が風切り音に負けじと、「〝ゴルフ〟と〝ホテル〟は周辺監視! 第1分隊の現状と現地警察の動向を報せ!!」

『くっそ……!』〝ゴルフ1〟から歯噛みの声。

「どうした、〝ゴルフ1〟!?」曹長から問い。

『地元警察が……!』

「地元警察が?」

 促す曹長の足元、〝フォックストロット2〟がゲリラの銃を蹴り飛ばして手首を縛り上げる。

『……第1分隊を!!』


「曹長、クリア!」素早く〝フォックストロット2〟。

 足首も縛り上げたゲリラから、姿勢を低めて曹長が〝ゴルフ1〟へと足を向ける。「警察が?」

 無言のまま、〝ゴルフ1〟が屋上の外縁から外へ指一本。曹長は滑り込むように外縁へ取り付き、照星越しに外を窺い――、

 地元警察の一部が包囲、その中心は一見して墜落した〝ゴスホーク1〟――第1分隊。

「面倒な」曹長に舌打ち。「田舎警察が色気出しやがって……!」

 強行着陸したオスプレイの左エンジンは上を向いて離着陸態勢、ロータは今なお回転中。ただし片肺では垂直離陸など及びもつくはずはない。さらに機体の損傷をも考え合わせれば、独力での脱出に期待するのは愚かというにもほどがある。

 ただその姿を警戒してか、地元警察はまだ遠巻きに銃を向けているに過ぎない。

「時間がないか……!」

『曹長!』女の声が聴覚――のみならず背中にも響く。

「周辺状況を把握」曹長が取って返し、着地した〝ゴスホーク2〟へ。「第1分隊が警察に囲まれてる」

『こちらからも見えました』女の声に硬い色。『救出を?』

「優先順位を」曹長が左の手指を踊らせて、「手が足りない。欲をかくと傷ばかり拡がる」

 女が思案を半拍、『第1分隊の損害は?』

「そこだ」曹長が指を一本立てて、「第1分隊はあれから無線を飛ばしていない。なぜだと思う?」

『?』女の眉に怪訝の色。

「私が考えるに」待たずに曹長。「ハッタリだな、あれは」

『警察に?』

「そう」曹長が指を縦に振って、「こっちの被害を伏せるつもりだろう」

『何のために?』

「時間稼ぎさ」曹長に断言。「ここの警察、得体も知れない相手に突っ込んでいくほど馬鹿じゃないってわけだ」

『なら、』女に頷き一つ、『今のうちに人質を』

「その前に」

 曹長が足を止めた。女もつられて足を止める。曹長が女の眼へ睨みを一つ、

「保護目標を教えろ」

『説明した通りです』木で鼻をくくったように女。『本命を特定されちゃ意味がないんです。目標は暗殺の危険を背負っているんですよ?』

「暗殺で死ぬか、ここで死ぬか」歯を剥いた曹長が女の首元へ指鉄砲。「ここで死なせたいなら止めん。だが亡命させたいなら、第1分隊を見捨てるつもりはないからな」

『何が言いたいんですか?』女がはっきり仁王立ち。

「残るオスプレイは1機、搭乗員数は25名」曹長が眼を細めて言を継ぐ。「我々第2分隊が8名、あんたを入れたら9名。後は単純な引き算だ。残りの席は16、第1分隊と正副機長、それにあんたの同僚を乗せたら席はどれだけ残る?」

『5』即答。

「そういうことだ」曹長は小さく頷き、「つまり人質10人全員を乗せるつもりはない」

 溜め息――が女から。

「いい手があるなら」曹長が腕組み、「今のうちに言ってくれ」

『お気の毒ですが』女が傾げて小首。『連れ出す人質は10名全員、一人だって減らすわけにはいきません』

「やけに強情じゃないか」曹長に鼻息一つ、「カンパニィはいつから虎の子を使い潰す方針に?」

『これは最優先、』女がなおも押す。『私が譲れるものじゃないんです』

「じゃ、ここで仲良く討ち死にだな」

『最後まで聞いて下さい』女が歯を剥いた。

 曹長が一つすくめて肩、呆れ顔で先を促す。

『現地協力者は――』

 女が躊躇――を振り切った。回線を切り、曹長へ間を詰め、耳元へ肉声。「――人質10人、全員なんですよ」


「ど畜生め!」曹長が苦く悪口を噛み潰す。

『〝ゴスホーク2〟、救難信号を!』女が回線へ乗せて声。『衛星通信、チャンネルC-512!!』

『やってます!』機長の声が聞くからに青い。『ですが……!』

「……何かあったのか?」曹長が察する。

『……やられました……』祈り出さんばかりに機長。『……衛星通信機が……!!』

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