3.突入
「くっそ……!」曹長も歯を軋らせた。「さっきの破片か!?」
「……!」女がはっきり息を呑む。
「くそ、考えろ……!」曹長が呪詛さながらに呟きを噛み殺す。「保護目標の話は間違いないんだな?」
女に頷き。
「可能性があるとしたら……」曹長が視線を放送局外縁へ。
女の眼が追う。コンクリートの陰に――第1分隊。
「衛星通信機を?」肉声のままで女。「第1分隊の?」
「どっちみち見捨てるつもりはないんだ」曹長が苦く認める。「第1分隊へ辿り着くには警察が、警察へ干渉するにはゲリラが邪魔ってことになる」
「保護目標は?」女に呆れ声。「ついでだとでも?」
「人聞きの悪い」曹長が肩をすくめつつ、「どいつもこいつも一蓮托生、早い話が効率100%ってわけじゃないか。肚のくくりどころだな」
「とんだブラック・ジョークですね」女も肩を一つすくめた。「風刺家の才能あるって言われたことは?」
「これが最初だ――ありがたいことに」曹長が声を切り替えた。「第2分隊! 仕事は増えたがやることは同じだ、手始めにゲリラを制圧するぞ!!」
『曹長!』〝フォックストロット2〟から声。
眼を向ける――と、駆け寄ってくるその手に旧型の無線端末。『どうやら差し迫ってきたようです!』
と、空中。無線端末をパス――曹長が受け取りざま耳へとかざす。
回線越し、銃声――。
「SWATが突入したか」曹長の声が、深刻を通り越して無表情。
「もう!?」女が意味を呑む。
「いや、」曹長は唇を一つ噛んで、「むしろ当然だな。これだけ派手に獲物かっぱらいに来たんだ、指くわえてちゃ結果は見えてる」
「じゃ、」女の声を戦慄が染める。「時間が……!!」
「皮肉な話、」曹長の声が苦る。「ゲリラの奮闘に期待するってことになるな――〝エコー〟、〝フォックストロット〟、突入用意!」
「この際、侵入経路は階段口しかない!」曹長が回線に飛ばして声。「窓は少ない上に、この構造じゃ飛び込んでも孤立するのがオチだ。非常階段も同じ理由で却下する!!」
『力押しですかい』〝エコー2〟に舌なめずり。
「連中の注意を逸らしたいところだが、SWATが突入したからには猶予はない」
『二段構えで?』〝エコー2〟。
「二段構えだ」曹長。「突入用意!」
階段口へ〝エコー〟と〝フォックストロット〟、合わせて4名。うち曹長を除く3名がドア両脇で構えてM4A1カービン、銃身下のライアット・ガンM26MASSをドア・ロックと蝶番へと擬する。
「二段構え!」曹長の手に閃光衝撃榴弾M84。「カウント3!」
M84を握る曹長の左手から指3本。
「3!」
3人から頷き。
「2!」
構える。
「1!」
引き鉄へ、わずかに力。
「突入!」
ライアット・ガンに咆哮。3発のメタル・スラグ弾がドアへ食い込み、蝶番を食い破り、ロックを打ち破る。支えを失ったドア板が、思い出したように手前へ倒れ――、
中から銃撃。しかも束。
「カウント2!」曹長が中へM84。
「2!」曹長が〝フォックストロット1〟へ指招き、
「1!」
〝フォックストロット1〟がM84を続けて中へ。耳を塞ぐ。
爆発――。
束の間、銃撃が途絶える。曹長が指を1本立てて、
「1!」
待ちかまえたように銃撃――そこへ。
閃光――。
視界が漂白され、衝撃波が駆け抜ける。それが――一瞬。
生物の本能が相手に警戒を呼び起こし、秒単位の混乱と静止がその場に降りる。
「突入!」
銃口2つが獲物を襲う。先陣を切って曹長が駆け込む。将星越しの視点を下階出口に這わせ――いた。一撃。駆け下りる。
最上階、並ぶオフィス――の入り口から銃撃。頭から床へ。すんでの差。曳光弾の緑が抜ける。
セレクタを切る。フル・オート。慣れた腕で敵の周囲へきっちり3発づつ弾丸を撒く。
壁に跳弾、闇間に火花。敵が頭を――引っ込めた。
「〝フォックストロット〟!」撃ち散らしながら曹長が投げて指示。「前進!」
衝撃が足元を震わせた。
女は屋上を低姿勢、第1分隊に面した縁へ。
「〝ホテル1〟!」
返事の代わりに、伏せ撃ち姿勢の観測役は左手だけを軽く掲げた。
「第1分隊に変化は?」
『まだです』〝ホテル1〟は声の抑揚を抑えつつ、『恐らく、こっちの突入が警察の注意を引いてます。心配なのは、むしろ――』
「〝むしろ〟?」
『むしろこっちの一階です』〝ホテル1〟が左の指一本を斜め下へ。『突っ込んできたSWATに、どう対処するか』
「どう、とは?」女が眉をひそめる。
『人質の取り合いですよ。こっちからは撃つに撃てませんし』〝ホテル1〟から苦り声。『ゲリラの守りが崩れたとなりゃ、警察は総出で押し込んでくるでしょう』
「つまり、」女に歯噛み。「ゲリラは無事な方が……?」
『あァまあ、』苦く〝ホテル1〟。『そういうことです。個人的な考えですが』
「人質だけを?」女が反芻。
『そう』端的に〝ホテル1〟。
「ゲリラは見逃して?」探るように女。
『俺達ゃ』〝ホテル1〟が指をひらつかせて、『ゲリラ退治に来たんじゃありません』
「今から交渉を?」
『まァ戦争も戦闘も、』〝ホテル1〟が拳の中から指一本。『そもそもは交渉で優位に立つためのもんでしょう』
女が沈黙、思考に沈む。それが数秒。
『クリア!』『クリア!』
〝フォックストロット〟の2人が報せる。
「クリア!」曹長が確認。「4階オフィスDおよびE、クリア!」
『〝エコー1〟へ緊急、』回線へ女の声。『こちら〝レイディ1〟!』
「こちら〝エコー1〟」うそ寒さを声に滲ませて曹長。「また変なルールでも入るんじゃあるまいな?」
『察しがよくて助かります』素知らぬ声で女。『ゲリラを殺さず制圧して下さい。可能なら無傷で』
「は!?」曹長の声がすっぽ抜ける。「おい俺達ゃいつから警察に?」
『その警察に対抗するためです』女が畳みかけ、『ゲリラを潰したら、逆に押し込まれます』
「……何が言いたい?」
『警察を撃退するのはゲリラの役目です』女が断言。『我々では手が出せません』
『ゲリラを手懐けろって!?』〝フォックストロット1〟に呆れ声。
『または、』続けて女。『我々がゲリラの武力行使を〝代行〟するか』
「女狐……!」曹長に得心、奥歯に苦笑。「ゲリラに面倒を押し付けようってか……!!」
『いずれにせよ』女が言を継ぐ。『ゲリラ12名は回収して下さい。2機目に席はあるはずです』
「くっそ……!」曹長はゲリラの通信端末を取り出して耳を澄ます。「……保ってる?」
耳に銃声、ただし断続。
ふと思い出し、顔をオフィスへ。見渡し――見付けた。放送ブース。
身を屈めたまま近寄り、下からモニタに灯を入れる。チャンネルを変えて――そのうちに。
「ビンゴ」
映ったのは暗い廊下、しかも複数。そこに銃火が前後から。
「カメラを監視の眼に使ってやがる」
『カメラ?』追い付いてきた〝エコー2〟に怪訝声。
「監視カメラじゃない。放送用の持ち運び型だ」曹長が口の端に舌を覗かせ、「これで親玉の位置が判った――主調整室だ」
主調整室なら、放送用映像の全てを統括できる。
『警備室じゃなく?』〝フォックストロット1〟に疑問の色。
「声明を放送したいのもあるだろうが、」曹長。「ハンディ・カメラを前線に持ち込めば、戦況を逐一把握できる。即席の指揮ブースってわけだ」
『発想屋ですな』やや複雑に〝フォックストロット1〟。
「短絡野郎でないってことは、」曹長も頷き一つ、「話が通じる可能性もあるな」
と――そこへ。
『オフィスDの放送ブース!』モニタ横、小型スピーカから呼び声。『聞こえるか!?』
曹長と〝エコー2〟が眼を思わず見合わせる。
『こちら〝エマノン独立評議会〟』声が続ける。『介入勢力へ告ぐ。そちらの目的については察しが付いてる。人質の生命が惜しくば、そちらのオスプレイを我々によこせ。1分待つ!』
「こちら介入勢力、自分は暗号名〝エコー1〟」曹長が放送ブースのマイクに呼びかける。「武装を放棄して指示に従え」
『図太いな』声が呆れ気味に、『命令できる立場だと思うのか?』
「敵の敵だ」打ち返して曹長。「それで折り合え」
『曹長!』女の声にはっきり苛立ち。『勝手に交渉を……!』
「手前勝手を押し通したのはそっちだ」曹長が語尾を斬って捨てる。「荷物が増えたくらいで四の五のぬかすな! こっちだって失敗させたいわけじゃない!!」
『とんだチーム・ワークだ』声に皮肉。『仲間の仇に生命を預けろと?』
「先にぶっ放したのはそっちだろうが」曹長が皮肉を突き返す。「お前の仲間はまだ死んでない。今からでも救助を呼べば間に合うかもな」
『人質を取ったつもりか?』声に不快の色。
「こちとら殺人鬼じゃないんでね」曹長が声に含ませて笑み。「取り引きには乗らんが利害は重なる。生き延びたら亡命政府をでっち上げるなり何なり好きにしろ。窓口ぐらいは紹介してやる。だがまず最初に警察を黙らせろ――話はそれからだ」
『話にならん』声に混じって鼻息一つ、『いまSWATの突入を支えてる。ヤツらを敵だというなら手伝え』
「どっちにしろ我々の銃で連中は撃てん」曹長に即答。「武装をよこせばそっちの武勇ってことにしてやる。それが嫌なら自前でやれ。二つに一つ、さっさと選べ」
『我々を殺さない理由があるとでも?』
「大ありだ」曹長が語尾に押しかぶせた。「警察は邪魔だが介入の跡は残せん。そっちの武勇を騙るにしたって、生き残りがいなきゃ不自然だろう」
『国境の向こうで放り出すつもりなら』声が不審を匂わせる。『何とでも言える』
「じゃあいい考えを出してやる」曹長が軋る歯の奥から、「我々に同盟を申し出ろ。放送で。今すぐ!」
『曹長!』女から歯の軋るような声。
「黙ってろ!」一喝。「信を軽んじて名分が通るかよ!?」
『こいつは見ものだ』皮肉な笑いを含んで声。『まずは試金石だ。武装を半分貸してやる』
「聴こえなかったのか?」曹長が声を尖らせて、「〝武装解除〟と言ったんだ」
『そっちに捕虜が6人いるだろう』声が見透かすように、『彼らの武装を使えばいい。介入したけりゃとっととやれ』
「くそ!」オフィスで取り押さえた捕虜から突撃銃AK-47、それが2挺。「〝ゴルフ〟!」
『こちら〝ゴルフ1〟、』すぐさま応答。『こっちからAKを4挺届けます。60秒下さい!』
「時間が惜しい」曹長に断。「俺と〝エコー2〟で先行する!」
〝エコー2〟へAK-47を手渡して、曹長は残弾を確かめる。
「とにかく2人で時間を稼ぐ」曹長は薬室を覗きつつ、「〝フォックストロット〟と〝ゴルフ〟は1秒でも早く追ってこい。行動開始!」
『曹長!』そこへ割り込む声がある。『こちら〝ホテル1〟!』
「悪い報せか?」階段を駆け下りた曹長が3階の壁に張り付く。
『警察の増援です!』一言、〝ホテル1〟。『いまSWATの輸送車が正門へ! ティーグルが2輌!!』
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