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中村尚裕

1.進入

『速報です。先ほど〝エマノン独立評議会〟が声明を発表しました。〝ENB放送〟マルガナ支局を占拠するとともに、職員10名を〝保護〟したとしており……』

『〝エマノン独立評議会〟は公式サイトで、エマノン共和国に駐留する有志連合軍に対して撤退を求めています。今回の放送局占拠事件について軍事評論家のアイザック・イシイ教授に解説を……』

『エマノン共和国を巡る今回の有志連合を、政府は支持していません。ですがテロには断固とした対応を取るべきで……』

『非公式にはエマノン共和国の暫定政府、これが国際テロ組織を支援しているという分析もありますが……』




 MV-22Bオスプレイ、キャビンから操縦席を隔てる隔壁に投影されてニュース映像。

「無線封止中だぞ」見るからに屈強な男は襟元に曹長の記章を覗かせる。

「無線封止中ですが」隣、都市迷彩服に着られているような細身の女に澄まし顔。「CNNを受信するだけです。悟られることはありませんよ」

 オスプレイの定員は側壁沿いに詰めれば24+1名。中身は特殊部隊員1個分隊8名と彼女、合わせて9名。

 ただし数少ない窓の外、闇にうねる大地は乗り心地を保証してくれない。寄せては退く様は荒波よろしく、しかし触れなば地獄へ直行――疑いを挟む余地はない。

『国境を越えました!』機長のだみ声が告げる。『目標まで5分!!』

「注目!」曹長が背後へ向けて声。「最終状況確認!!」


「事案発生は現地時刻1850時」操縦席を隔てる内壁に簡易地図が投影される。「場所は〝ENB放送〟マルガナ支局」

 声の主は女――その襟元に記章は、ない。

「〝エマノン独立評議会〟は清掃業者に偽装して侵入、ここを占拠しました。推定勢力は12名」

「12名も?」伍長の襟章を見せる男が、言いつつ手を挙げる。

「うち、清掃業者に偽装していたのは4名」女が応じる。「残りは清掃車に潜んでいたものと推定されます」

「情報の出どころは?」今度は特技兵。

「他言無用ですよ」女は前置き、「情報局の現地協力者です」

「と、いうことは?」導くように曹長。

「お察しでしょう」女が断じた。「最優先目標は、この現地協力者の救出とします」

 そこで、投影図の右上にカウント表示――現地到着まであと4分。

「本作戦の目的は!」女がロータ音に負けじと、「保護目標と、職員全員を、エマノン国外へ救出することです!」

「職員も?」伍長に疑問符。

「職員も」女に断言。「現地協力者を特定させないためです」

「信用ゼロ」伍長から苦り声。「ま、〝人さらい〟じゃ仕方ありませんか」

「〝人質〟を」女が釘を刺す。「〝救出〟するんです」

「よし聞いたな!」曹長が声を割り込ませる。「質問は終わりだ! 手順を確認する!!」

「もう?」冗談半ばに伍長。「女日照りなのに?」

「干されたいか?」曹長が声を低めて、「終わりのない訓練が好きなら止めんが?」

「訂正」伍長が両の掌とともに苦笑を一つ、「もう言いません勘弁してください。ですから俺に愛の手を」

「喜べ! 我々第2分隊は後詰めの救出役だ」曹長は隔壁に簡易地図――を南下する機影2つを表示させて、「降下地点は放送局屋上、第1分隊が先行降下してゲリラを蹴散らす」

 第1分隊を乗せた機影に〝ゴスホーク1〟の暗号名が強調表示。

「編成はお馴染みの二人一班、第1分隊は〝アルファ〟と〝ブラヴォ〟、〝チャーリィ〟に〝デルタ〟の4班構成で突入する!」

 続いて第2の機影に〝ゴスホーク2〟の暗号名。

「我々は〝エコー〟に〝フォックストロット〟、〝ゴルフ〟と〝ホテル〟の4班。第1分隊に続いて降下、職員を救出して速やかに脱出する!」

 そこで投影図が切り替わる。

 表題に掲げて『〝ENB放送〟マルガナ支局』、屋内見取り図――ただし迷路さながら。

「俺、」〝ゴルフ1〟が冗談めかして、「幾何学だけは苦手分野で」

「放送局のテロ対策、これ常識」混ぜ返して〝ホテル1〟。「けど我々がこれを知ってるってこたァ……」

「情報源の詮索は無用」曹長が釘を刺す。「だがゲリラも内通者を抱えてると見た方がいいだろうな。それを追求するのは我々の仕事じゃない」

 そこで曹長が女へ頷き。「続けてくれ」

「ゲリラが立て籠もって150分」女が腕時計に眼を落としつつ、「すでに現地警察が現場を包囲しています。これとの交戦は許可しません」

「友好国でもないのに?」〝フォックストロット1〟が誘導するように苦笑い。

「近接戦闘装備で有志連合軍まで相手にするような狂人は、」曹長が肩をすくめ、「とっとと置いていくからそう思え」

 近接戦闘装備は対人の即時制圧を旨とする関係上、正面戦闘や持久戦に向いているとは言い難い。

「ジョークはここまで!」曹長は片頬だけで笑いを一つ、「最精鋭の誇りを見せてみろ――降下用意!!」


『目標まで30秒!』

 〝フォックストロット〟の2人が機体後端、天井のフックにザイルをセット。

『目標上空で旋回待機に入ります』上昇――機内に軽い浮遊感。『20秒――見えました!』

『第1分隊、予定通り』

「各班、無線封止解除! 回線開け!!」

 オスプレイの後部、スロープ兼用のハッチが口を開けていく――と。

 銃声――。

「!?」曹長が眉をしかめた。

 拳銃やライフルならまだ解る。だが――、

 耳に銃声がリズムを刻む。忘れもしない、それはフル・オートの連射音。

 さらに無線へ、息を呑む――その気配。

 と。

 ひときわ低く、

 ――爆音。


 無線に悲鳴。大気に鳴動。腹にも響く重低音。

『緊急! 緊急!!』『何だ!? 何を食らった!?』『畜生!』

「操縦室!」曹長が問いを飛ばす。「報せろ、何が見える!?」

『……〝ゴスホーク1〟が……!』

「簡潔に!」曹長が語尾をぶった切る。

『噴射炎が!』機長の声に悲鳴の色。『右エンジン……いえ右ロータに食らいました!!』

 曹長に舌打ち。「……ロケット弾か!!」

『〝ゴスホーク1〟、』機長にかすれ声。『墜ちます……!!』

 直後、金属質の悲鳴が宙を裂く。

「くっそ……!」

『曹長!』騒音を衝いて無線に女の声。『作戦を!!』

「作戦変更!」曹長に断。「第2分隊、突入する! 機長、〝ゴスホーク1〟の墜落地点は!?」

『手前です!』急旋回のGとともに機長。『放送局の手前、現地警察の包囲に突っ込みました!!』

「厄介な……!」曹長が歯を軋らせる。

『救援を!』女が無線に信号を飛ばす。

「第1分隊の連中は!?」

『それより人質が!』女の声に滲んで焦り。

「じゃあ見捨てろってのか!?」曹長の口を衝いて怒声。

『……そこまでは……!』女の声が力を失う。

「……済まん」曹長はかぶりを一振り、声を機長へ振り向ける。「機長、屋上は空いてるんだな!?」

『空いてます!』即答。

「ロケットはどこから飛んできた?」

『屋上です! 今こっちを……!!』

「進路変更!」曹長に即断。「敵ロケットに正対、頭を押さえろ! フライ・パス!!」

『撃たれるわ!』

「撃ったらそのまま突っ込んでやれ!」曹長に怒声。「チキン・レースだ! ビビらせろ!!」

 怒鳴りつつ横へ指招き。その先で小首を一つ傾げる〝ホテル2〟へ、

「〝ホテル2〟、後部ハッチへ! 意地でも敵を射界に入れてやる。狙撃で仕留めろ!!」

 怒鳴るそばから着弾音。それが複数。

「伏せろ!」曹長が叫ぶ。「破片にやられるぞ!」

『敵が機会をくれるって保証は?』機長から抗議の声。

「祈れ!」言いつつ曹長が床に這い、流れる地上へ暗視装置。

『くそったれ!』〝ホテル2〟がM4A1カービンの消音器を外してセレクタを単発へ。そのまま伏せ撃ちの体勢に入り、暗視スコープを覗き込む。

「機長、」曹長が飛ばして指示。「タイミングを!」

『フライ・パス――』機長の声に緊張。

「真後ろだ、軸はズレん!」曹長が後部ハッチ越し、飛び過ぎる景色に――コンクリート。

『――今!!』

 増幅された視界に――人影が赤く強調表示。振り返りかけた、その右肩に――、

「RPGッ!」

 鋭く曹長。視線の先に特徴的なシルエット――装甲をも撃ち抜くRPG-7。

 〝ホテル2〟が、撃つ――。

 人影が――くずおれた。

「よし旋回!」曹長が機長へ、「〝フォックストロット〟、降下用意! ロープ交換、ファスト・ロープ!!」

『ぶん回します!』機長から警告。『捕まって下さい!!』


 機首が上がる。急減速。旋回どころか機尾を投げ出す急機動。

 ハッチ越しの景色が横殴り、放り出さんばかりの遠心力。踏ん張る。しばしのGが――ふと消える。

『旋回終了!』鋭く機長。『屋上上空へ付けます!』

『くっそ!』〝フォックストロット1〟から苦し紛れの口笛一つ、『ジェット・コースタなんざメじゃねェぞ!!』

「まだ敵はいるはずだ!」曹長が飛ばして警句。「立ち直る隙を与えるな!!」

『目標上空、』機長が祈るように、『静止――今!!』

 ハッチ外、景色が――止まる。

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