第13話 人面カラスの利用法
冬子は、台所に立っていた。
「おかえりなさい、祥子さん」
「……」
「ところで、その大事そうに抱えている赤子のカラスをこちらに渡してくれると、親のカラスの命は助かるんだけど」
冬子はシンクのなかにいる親の人面カラスを押さえつけていた。
「もちろん、少しだけ食べさしてもらうから、そうね、このカラスたちの頬肉をもらうだけにする」
「嘘ですよね」
「もちろん。ブラフも必要ないでしょ、あなたは完全に詰んでいるんだから」
「あなたと私は勝負なんかしていない」
「それもそうね」
冬子はすっかり衰弱した親の人面カラスの細い首を掴んで、それをまな板にのせた。
そしてシンクに隠していた、彼女が持参した中華包丁を手に取った。
振り下ろした。
首を切断した。
その最後の顔の瞳は、祥子を映していた。
親の人面カラスは切断面から血を吹き出して、動かなくなった頭はシンクの水溜まりの中を転がって、虚ろな目で冬子を見ていた。
すると冬子は翼と脚を切断して、首に指をひっかけ羽毛を剥いで、内臓を抜き出して水洗いした。その血がカラスの顔に降り注いだ。
この間に数分はあった。しかし、祥子は手も足も口も出せず、ただ目の前で過ぎていくだけだった。
「いっただきます」
冬子は肉を食べた。端から血が滴るのも気にせずに、まるでその肉が全ての肉の中でも最上質であるかのように涎を垂らして、歓喜の涙を滝のように流していた。
流れる体液は眼だけではなかった。鼻からは血と汁がたれて、肉に塩辛い味付けをほどこしている。額や脇は汗がとまらない。とくに、脇から拡がる汗がわき腹から臍にまで拡がる。汗腺から放出される臭いが、まるで原初の獣を想起させる。ブラジャーをしているのに、胸から垂れる白濁液は母乳だろうか。成人女性が、立ちながら赤よりの黄色の尿を垂らしており、そこから立ち上がる湯気は部屋中を一気に汚水土管のような臭いにした。
しかし冬子は食べるのをやめない。しまいには眼球も液状化して涙とともに流れた。眼球のあったところはすっかり空洞になった。
冬子はさらに嘔吐した。そこには真っ黒の肉片が混じっていた。ついに肉を完食したら、盛大に吐いたのだ。胃の中の酸を全て吐き出し、肝臓などの各臓器の分泌液も吐き出した。綺麗な血も汚い血も区別なく混じり吐き出した。
口から巨大な白子のようなものがコードのようなものとともに吐き出された。
「脳みそかな」坂野はそれを拾って匂った。臭いなと鼻を摘まんで、一口啜って吐き出した。
冬子は身体の原型を保てなくなるほど、まるで熱にさらされた蝋人形のように溶けた。
背後の、リクルートスーツの男女二人はすでに気絶していた。
祥子が気を失わなかったのは、子の人面カラスを抱いていたからだろう。
「冬子は、人面カラスの力が魂を抜き取るっていうことに気づいてたんだ」
坂野は地獄の亡者をすり潰して腐らせたような臭いのする冬子だったものの粘液の上にたった。
「魂の無い奴なんか、俺みたいに思い通りだって思ったんだろうな。どうなるかは知らんけど、冬子に言われたからそうした、って言って何でも思い通りのことをしてくれるやつら」
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