第11話 藍原はなぜ無事なのか?

子供のカラスは祥子の部屋のタンスに隠していた。クッキーと皿に溜めた水を一緒にしておいた。

引き出しをあけると、祥子の鼻を甘噛みした。

「ごめんなさい。お母さんの場所は分からない……」

人面カラスは気にせず、カーテンに突撃して、またさらに飛び上がり机の上に降り立ち、飲みかけのペットボトルを何度もつついた。カラスが、祥子の唇を舌でなめた。



呼び鈴が鳴った。

階下のリビングに向かい、玄関の様子をモニターにうつした。坂野だけがいた。

「たぶん、聞きたいことがあるんじゃないかなって思ったんだけど」

「家には入れませんよ。駅前のドトールに居てください」

「スタバじゃだめなのかな?」

「私もお金がないんです」

わかった、といって玄関から消えた。

部屋に戻って子のカラスがクッキーを貪っているのを眺めた。

そして祥子は考えた。

部屋に通せば、あの男は無理矢理この子を奪うのだろう。

そして、この子と自分を分断すれば空き巣でもするつもりだったのだろう。彼らには、絶対に自分を誘き寄せるテーマがあったのだ。


「藍原はなぜ無事なのか」



ドトールは混んでいた。一番安いアイスコーヒーだけで入店するのが申し訳ないほどだった。

手をふる坂野のもとに行った。隣のテーブルはカップルが話に熱中していて、こちらのことなど見向きもしなかった。

「へぇ、意外だったよ。その赤ちゃん、かわいいね」

「ここで私を無理矢理襲うことはできないでしょ」

人面カラスは焦点のあわない目付きだった。ハンドタオルを身体に巻いて顔だけを出した。

「俺なら、君をぶん殴ってでも奪うことも、手段の一つだね」

「そこまでされれば、私の敗北です」

「へぇ。まぁ、たしかに冬子さんは人としてゴミなので、今頃空き巣でもしてるでしょうね」

「信じると思いますか?」

「好きにしてくれ。ここに冬子がいるかもしれないし、俺が抜け駆けしてるかもしれない。あるいは、それら全部が間違いで、単なる俺の気紛れかもしれない」

坂野がテーブルに小銭をおいた。ちょうどアイスコーヒーSサイズの額だった。

「いりません。私が藍原くんのことを聞きたいから来たんです」

「同い年なら、君のことを好きになっていたかも」

彼は小銭を握りしめてポケットに戻した。


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