第6話 不穏の藍原 1

祥子は目の前に飛来した小石と、その襲撃を受けた人面カラスが怒りの形相で飛び立っていくのを、呆然と眺めていた。

男が誰かを非難する声が聞こえた。どうやら最低二人はいるようだ。

まずいことになった、と直感した。人面カラスがこの家にいることが知られたくなかった。物珍しさに見に来る人が増えるかもしれないと思えば、ますます憂鬱であった。

祥子は雛の人面カラスを探したが、それは我が家の庭にいた。庭の欄干で、ぼんやりと空を眺めていた。

クッキーを差し出したら、飛んできた。祥子の腕に止まる。クッキーを手のひらに置くと、食べ方は一般的な鳥であるが、嘴はではなく、柔らかく弾力のある唇が何度もあたった。

しかし、木にとまった蝉を見つけると、祥子の腕から飛び立ち、蝉に気取られることなくくわえた。

そして手のひらのクッキーの横に死にかけの蝉を置いた。

「食べないけど」

すると、雛より二回りは大きい親のカラスが戻って来て蝉を食べて巣に戻った。歯の隙間に蝉の脚がはみ出していた。



「祥子はまだ見てないんだ」

杉原は、昨日の塾の帰りに人面カラスに出くわしたらしい。見ていない人はいれど、ここまで目撃者がいれば、見間違いであるという可能性はほとんど無いものになっていた。

「やっぱり、生首みたいだった?」

「怖かったけどね。そういや、お姉ちゃんも見たって言ってたな」

「へぇ。そんなに目撃者がいたら、もはや不思議でもなんでもないね」

「案外、間抜けなのかも。人面カラスって。そういやお姉ちゃん写真も撮ってたんだった」

「……いちおう見せて」祥子は、知った顔のカラスが衆目に晒されているのを、苦々しく思ったが、自分がそう感じたことに驚いた。あのカラスたちを大切に思っていたのか、と。

杉原はLINEで送られてきた写真を開いた。人面カラスが吼えているところを写しており、雑誌などに売れそうなものだった。

「すごいやろぉ」杉原が写真を縮めた。メッセージが下に続いており、今日も張り込むからオカンによろしくとあった。祥子は嫌な予感がした。


祥子の感覚は正確だったようで、蕗家の近くの四ツ辻に身を隠している男女がいた。

十中八九、杉原の姉であろう。しかし、それよりも驚いたのは、駐車場のところに座って待っていた藍原である。

「今日、暇かな」

「わざわざ来なくてもええやろ」

角から見張られていることに、気づいてなかったのか? と疑問に思った。

「今日は、暇かな?」

「……上がって」

藍原は靴を脱ぎ捨てて、手も洗わず二階に行こうとするから、まず洗面台に行かせた。

部屋にあげると、彼は鞄をドアのそばにおいた。そして、カッターシャツのボタンを2つ外した。

「実はさ、酒もってきてんけど飲む?」

「苦手だったって言ってなかったかな?」

「軽いやつやから」

彼は用意してた紙コップに低い度数のチューハイを注いだ。

仕方なしに口をつけた。

「な、ただのジュースやろ?」

「苦い」

祥子はそれ以上口をつけなかった。

「この前は帰ってほしそうやったのに。今日はあげてくれるんやな」

私を見張っている人がいるからだろうか、それとも、この前の彼の視線が怖かったからだろうか。明確な理由はなかった。

藍原はうつむいた。

瓶の酒、おそらく日本酒を直接飲んだ。栄養ドリンクを飲むようだ。

「まだ、帰ってこないんでしょ」

「すぐに帰ってくるから」

「雨が降りそうだ。あまやどりさせてよ」

たしかに外は雲が密集し始めていた。祥子は窓ガラスの向こうの曇天が灰色なのは、なかにカラスがいるからだろうかと妄想した。

そう思っていた途端、夕立の音が聞こえ始めた。

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