第2話 ハルピュイアについて
人面のカラスは妖女の面持ちだった。泰然としてしなやかであった。血を流す雀をくわえているところを除けば。
蕗家の屋根の上で、登校する祥子を見つめていた。当然、祥子もその視線には気がついていたが、目を合わせれば雀の次は自分になるかもしれないという無根拠な確信で、足早に立ち去った。
「ハルピュイアじゃないかな、それ」
「へぇ、やっぱり妖怪かな?」
「それはちょっと違うかなぁ。うまく説明できないや」
杉原悠莉は、Google検索でトップに出てきたウィキペディアをかいつまんで読み上げた。
「ようするに、ギリシャ神話の鳥人間なのかな?」
「貸して」
祥子は、その絵の顔にまず疑問符がついた。乳房があるから女と分かるだけで、このような嫉妬に目が眩んだ男か女かの見分けがつかない顔ではなく、カラスは明確に「女」の顔であった。
「食欲旺盛、不潔、至るところを汚す、だって。あんまし良いとこないね」
「そんなのはどうでもいいんよ」祥子は雀を食べていたカラスの顔を思い出して吐き気がした。
「あんたが聞いてきたんでしょ。トリと人間の化け物は、って」
「そうだけど……」
「あと、エジプトの方では魂を運んだりするそうね」
「魂って、何? おくりびと的なやつ?」
「さぁ、その人の存在とか意思とかそのものの象徴ってことじゃないかな。私に聞かないでよ」
杉原は不満げに溜め息をついた。弁当のおにぎりを頬張って、まだ頬が膨らんでいるのに、冷凍食品の唐揚げを口に入れた。それだけでさえ、祥子は今朝のことを思い出しては箸が止まる。掴んでいた卵焼きを弁当箱に戻した。
「どうしたの。もしかして」
「いや」なんとなく祥子は彼女が何を言いたいのか察した。「ただお腹が空いていないだけ」
「じゃあよかった。でもさ、祥子さ、そんな藍原くんとそこまでいってたんだ。なんか……」杉原は箸を置いて利き手の人指し指を、祥子の頬に当てた。
「うりうりうり~」
「やめてよ、ちょっと」
そこまで、とは藍原理貴の部屋でエロ漫画もどきを見つけて、その表紙が青い髪で背中に翼の生えた萌え~な女の子だったと、嘘をついたことだろう。
「理貴くん、アニオタだったんだ」
「そ、そうみたい」
二人で藍原の方をみた。彼の友人たちで小学生の頃に流行したトレカをやっている。
友人たちの決闘を見守っていた藍原が、祥子たちの視線に気づいたようで、こちらに笑顔をみせた。
「オカンに見せたら、三の線って言ってた。どういう意味って聞いたら、滑稽どころの役柄ってさ」
「まぁ、格好よくはないけど」
今だって、結局、人だかりの構成員でしかない。
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