第13話 試合
以外にもパドラスが馬を助ける場面を見ていたものは多かった。その場にいた者たちが観客席で声を上げて拍手をしたのだ。
その中には勿論、パドラスの乗っていたあの馬車の騎手も見に来ていた。
両者が相対し、いよいよ試合が始まろうとしていた頃には真っ赤な太陽は少し傾き始めている。
昼下がりの一番街は今年一番の人の盛り上がりを見せている。この中に国外の人間が紛れ込んでいてもおかしくはない。そのための警備でもある。
パドラスは被っていたハットとジャケットを脱ぎ捨てた。ジャケットを脱ぐとその中から白鞘の刀が姿を荒らした。
常に肌身離さず身に着けていだが大きめのジャケットの中に潜めていたため、誰もその刀の存在に気が付かなかった。
ワイシャツ姿で袖をたくし上げると前腕の太さがあらわになった。パドラスはその白鞘から静かに抜き、刃先を大きく天に向けて構えた。
一方、ルカはパドラスの白鞘に対し、西洋風の諸刃の剣を用いた。
その剣は女が持つにはやや重いとされていたが、それを軽々と持ち上げ、自分の体の横に構える。刃はほぼ地面と平行になり、態勢を低くし、肩口から相手を覗いた。
ルカはパドラスよりも身長があり、女にしてはかなり大きい。研ぎ澄まされた独特の呼吸でパドラスを睨みつけた。
「いざ尋常に始め!」
立会人が大きな声で叫び、いよいよ試合が始まった。
最初に動いたのはルカだった。地面と平行に刃をずらしていき、そのままパドラスの懐に飛び込んだ。
刀を大きく掲げているパドラスにとって腹は格好の隙となる。ルカはその隙は確実に狙ってきたのだ。
態勢を低くし、鷹のような速さで突っ込んでくるルカに対し、パドラスは腰を支点にし、一歩後ろに下がった。
腰を支点にしたパドラスはそのまま、遠心力をつかって刃先をルカに振り下ろした。ルカは態勢を崩しながらもその斬撃を流し、さらなる隙を狙った。
その後もルカはパドラスの隙を何度も突きに言ったが、パドラスはそれを常に回避し続ける防戦一方の試合展開を見せていた。
「なんだあやつ、逃げてばかりで」
ハロルドがパドラスの反撃をしない戦闘スタイルを見て、不思議そうに言った。
「何か策があるのかもしれません」
「何かわかるのかフィリア、申してみよ」
ハロルドはフィリアに目を向けた。
しかしガルボはフィリアに対し、嘲笑気味にパドラスの動きを見た。
「そんな大層な策があるのか奴に」
ガルボは目を細め、試合をよく観察すると続けて言う。
「ワイにはそう見えんがな、相性が合わず、逃げ回っている様に見えん。相性が悪いのに上段の構えををしつこくしている。あれでは分が悪い。何を考えているかわからんが、せいぜい策と言っても、敵の斬撃でできた隙を狙うくらいであろう」
ガルボは分かり切った顔し、自分の顎を摩っている。
「そうかもしれませんが、私は奴が何かを待っているように見えます」
「この試合の中でか」
ハロルドはその意見を聞いて不思議そうな表情を浮かべた。
「これは一騎打ち何を待つというのだ」
ガルボはフィリアの意見を聞き、じっと試合を見つめ直した。
次の瞬間、大きく試合が動いた。ついにルカの刃がパドラスの胸のあたりを捉えたのだ。
ワイシャツに血が滲み、赤く染まったが致命傷ではない。しかし、その斬撃はよけようと思えば避けるこのできるほどの斬撃だった。
それが奇しくも当たってしまったのはパドラスが試合中によそ見をしたからである。
ではなぜここまで非の打ちどころのない完全は防御を見せていたパドラスが簡単に隙を見せたのか観客は疑問に思った。
パドラスは正面にルカがいるのにもかかわらず、後ろを振り向いたのだ。その隙をルカの一太刀がパドラスの左胸をかすめた。
ガルボを含める会場全体がパドラスに不信感を抱いたのと同時に見事、斬撃を当てたルカの勝利を確信した。
しかし、次の瞬間はパドラスは今にも増して大きく刀を突き挙げたのだ。
刹那、刃先に傾いた太陽が重なり、ルカの視界を完全に奪った。会場も刃先に反射した太陽の光で目がくらんでしまった。
ほんの一瞬、反射した光で見失った間にルカの結っていた髪がふわりとほどけていた。
パドラスの刃はルカの髪を結いを解いたところでピタリと止まっている。
「そこまで! 勝者パドラス!!」
立会人は大きな声で叫ぶ。その瞬間会場は大きく盛り上がった。
「甘い男は短命よ」
ルカが見上げながら言った。
「じゃあ短くてもその分、深く生きるよ」
「天邪鬼は嫌いだわ」
「そりゃ結構」
パドラスはルカの頭から刃を離し、刀を鞘に納めた。
今年のが御前試合はパドラスの勝利で幕を閉じた。あまりにも奇怪な太陽の光を利用した一撃にガルボも舌を巻いた。
しかし、何かを待っているのではないかと豪語していたフィリアはしたり顔をみせた。見事、予想を的中させたフィリアに対し、ガルボも何も言えなかった。
しかし、ガルボも内心「この小娘が」と思ってはいた。しかし、それを口に出しては同じ将軍としての恥である。分かったように頷きただひたすら黙りこくっていた。
大まかに予想をしたのはフィリアだが、太陽の動きを読み、ルカの目をくらませたのはパドラスである。パドラスは武力のみならず智も身に着けていた。フィリアはその才に魅力を感じていた。
御前試合の後は王の謁見で行賞の儀がある。一般人では決して立ちることのできない謁見に入ることが出来るのも御前試合における勝者の特権でもある。
パドラスは王の一行とと共に謁見に向かうこととなった。
************
城に入城したパドラスは刀を召使に渡し、そのまま謁見に向かった。
パドラスは初めて入ったはずなのにもかかわらず、至って落ち着いていて、特に気持ちが昂っている仕草も見せなかった。
フィリアはその毅然とした態度を見てパドラスに益々の魅力を感じた。
いよいよ行賞の儀が始まろうとしている。謁見にハロルドの声が響き割る。
「御身パドラスよ前へ」
「はっ」
パドラスはハットを取り、ハロルドの前に出て跪いた。
「こちら御前試合における見事な健闘と勝利を称し、免税特権並びに黄金の賞を与える」
大王自ら称するのがこの御前試合のしきたりだ。
勝者には免税特権という国民が喉から手が出るほど欲しい権利と多額の財を手にすることが出来る。
この国では少なからず将軍になろうとも税は払わなくてはならない。平民に比べかなり額は低くなるが有ると無いのではだいぶ違う。つまり勝者における免税特権というものがどれほど高尚なものなのか言うまでもなかろう。
「有難く、頂戴いたします」
パドラスは大王からの賞を受け取り、そのまま元の位置に下がる。
これにて行賞の儀は幕を閉じた。
終わるとパドラスは再びハットを被りなおし、城を出るときに白鞘の刀を返してもらった。斜陽が差し込む門まで歩いていき、そのまま帰ろうとしたときいきなり後ろから呼び止める声が聞こえた。
「ちょっと待ちなさい」
振り向くとそこにはフィリアが立っていた。
「なんでしょうフィリア将軍」
パドラスはすかさず跪き、刀を自分の左横に置いた。
「あなた私の軍に入る気ない?」
「私はこう見えても戦争があまり好きではない、そのため軍に入るのは遠慮させて頂きます」
「でもあなたの腕は一級品よ、根絶やしにするのは勿体ないわ」
「それは光栄なことですが、どちらにせよ私は、自分よりも格が上の人間にしか従いませぬぞ」
パドラスは目を剥いた。
「あらそうなの、じゃあ試してみる?」
「ここででしょうか」
「あなたもその気なんでしょ」
フィリアはそう言ってパドラスの刀を見た。この時パドラスは刀を左横に置いていた。つまりいつでも抜く準備はできているということだ。
「殺されても、恨まないで頂きたい」
「勿論よ」
この時、両者からは尋常ではない程の殺意が溢れ出ていた。それは今日の御前試合の非にはならない程のものだった。
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