第12話 紳士
城下町は普段に比べて浮足立っている。その中でも中心街は一段と盛り上がっていた。城下町がそわそわと何かを期待し、待ち望んでいる雰囲気だった。
それは今日が毎年恒例の御前試合の日だからである。
一か月前からパンタリーネでは剣術大会が開催されていた。その大会で勝ち残り、見事、決勝戦に進出した者のみが王の御前での決戦を許される。
優勝者には勿論、多大な名誉と莫大な賞金が支払われる。
毎年、一大イベントとして城下町はかなりの賑わいを見せるのだ。中心街の中でも最も賑わいのある一番街の特設広場にて正午から試合が始まる。
準決勝戦までは木刀を使った剣術大会だが決勝戦のみ真剣で執り行われる。その真剣勝負には必ず、将軍が立ち会い、優勝者を自軍に引き抜くのは毎年の恒例である。
年に一回の大試合を一目見ようと、パンタリーネの各地から観客が押し寄せる。観衆というものは人が戦い血を流すのを見るのが好きだ。そのため、今日は一番街への道がかなり混雑していた。
その混雑する道の傍らでひときわ声を張り上げて怒鳴り散らす男がいた。
「貴様、なぜ動かんこの無能め」
男は目を真っ赤にし、青筋を立てながら、馬車を引いていた馬を鞭で激しく叩き続けていた。
馬はかなり弱っていて、一歩も動けない様子だった。馬の肌は鞭で切れ、そこから出血をし、馬は悲鳴を上げていたが男は構わずにその馬を鞭で何度もたたき続けている。
馬は委縮しきっており、頭を下げ、苦しそうな表情で町の人たちに助けを求めていた。
「俺は今日の試合をずっと前から楽しみにしてたんだ。こんなところで足止めを食ってたまるか」
男の怒号は町に響き渡っていた。
通行人はその男に冷ややかな視線を注いで入るものの、誰もその男の暴挙を止める者は現れなかった。
「おのれ死んでしまえ」
鞭では飽き足らず、ついには棍棒を取り出した。そんもので馬を叩けば本当に死んでしまう。
それでも人々は見て見ぬふりをし続けた。誰かが止めてくれ、と心の中では思っていても行動に移す人間は現れない。皆その光景から目を逸らしていた。
しかし、その男が棍棒を振り下ろそうとしたとき、男の横に一台の馬車がピタリと止まった。
「愚か者め、馬に何の罪があるというのだ」
馬車から一人の紳士が下りて来た。正装に身を包み、ハットをかぶった紳士だった。
顔には二つのこめかみを結ぶように縫った跡があり、その顔の傷が印象的で一度見たら忘れられないような顔をしていた。
「なんだ貴様、これは俺の馬だ貴様に言われる筋合いはない」
男は振り上げた棍棒をその紳士に突きつけた。
男はさらに目を血走らせ、今にもその棍棒で紳士の頭をかち割りそうな勢いだった。
そんな興奮した男に対し、紳士は至って落ちいていて冷静にその手で棍棒を抑えた。
「なにしやがる! 放せ!」
男は棍棒を回してその手を振り払おうしたが、紳士の力はあまりに強く、その棍棒を動かすことさえもできなかった。
「筋合いがないだと。筋ならあるさ、貴様のような人でなしのケツを拭くのもまた人なんだよ」
紳士は棍棒の先を握ったまま、手をひねった、すると男の腕は酷く捻じれる。すると棍棒を持つ手がおかしな方向に曲がり、まともに持っているが出来なくなった男は棍棒を離してしまった。
「なんていう力だ」
男は右手を押えな紳士を怯えた顔で見つめた。
「こんなにも血を流して、かわいそうに」
紳士は男によって鞭で打たれていた馬のもとに駆け寄り、たてがみをやさしく撫でた。先程まで怯えていた馬は紳士に撫でられると、嬉しそうに顔をし、紳士の懐に頭をすり寄せてきた。
「それは俺の馬だぞ、俺の所有物に触るんじゃねえよ」
男はたてがみを撫でる紳士の肩に手を置いた。
「汚らし手で俺に触れるな!」
紳士は男の手をつかむと、そのままねじり上げ、開いたわき腹に蹴りを入れた。男は倒れ込み、紳士を睨みつけた。
「馬の気持ちもわかなない、貴様に馬を持つ資格などない。二度とこの馬に近づくな、この腐れ外道が」
紳士は男を睨みつけた。その鬼のような目つきは男を黙らせ、恐ろしく臆させた。男はその紳士の一度見たら忘れられないような大きな傷とその恐ろしい目を見るとどこかに逃げ出してしまった。
「誰か、獣医はいないか、この馬を治療してはくれないか」
紳士は逃げていく男を見つめながら、一息つくと周りに獣医がいないか呼びかけ始めた。馬が追った傷は思ったよりも深く、かなり出血しいる。
紳士はひとまず、その血を止めようと持っていたハンカチで傷口を押えていたがこれではもう限界だ。
「私が見ましょう、私では医者ですが応急処置くらいはできますよ」
紳士の必死の呼びかけたおかげでその呼びかけに答える者が現れた。
ずっと静観してた群衆たちも、その瞬間、紳士とその医者に大きな拍手を送った。紳士が起こした勇気ある行動は、群衆の心のにも響いたのだった。
紳士は自分の馬車に乗り込むと、ハットを被りなおした。
「全く、あんな人間が御前試合の見物客とは、出場者もさぞ、野蛮なんだろうな」
紳士は呟くように言った。
「あれは特別ですよ。他はもっと節操ある客だ」
馬車で客人を運ぶ騎手がため息交じりの声を出した。
「お客さん、それにしてもすごいですよ、あの勇気常人にはまねで来ませんよ、何か格闘技でも?」
騎手は声の調子を元に戻し、目を少年のように輝かせながら言った。
「まぁ少しね」
「もしかしてお客さん、今日の試合に出る出場者だったりして」
「かもな……」
「えっ本当ですか」
「冗談だ」
馬車は動き出し、一番街に向けて走り出した。
************
一方その頃、一番街の特設広場では続々と観客が集まり始めていた。
ここに集まる群衆のほとんどが決勝の出場者を知らない。この大会が一般公開されるのもこの御前試合のみなである。そのため群衆はその決勝進出者の顔さえもまだ見たことがない。
試合の始まる数十分前になると、続々と王族やこの国の重鎮たちが集まり始める。その中にはフィリアやガルボ、シャロル皇女もいた。
大王が現れるのは最後であり、将軍たちの座る席の一つ後ろに一段上がった席が設けられている。
大王含む、王族の前に将軍が座り、その周りを将軍の近衛兵が固めているので大王に近づくことは決してできない。
この御前試合は大王が唯一国民の前に顔を出す行事でもあり。大王暗殺を考える者はこの日を一番狙うであろう。
そのため警備も厳重にする必要があった。
「あの小僧は来てないのか」
ガルボが周りを見渡しながら言った。
「フィリア、おぬし何か聞いておらぬか」
「まあ少しはね、将軍になったことだし、今は兵力集めで忙しんんでしょ」
「あの小僧、この御前試合をなめておるのか」
「もしくは、お祭りの雰囲気が嫌いなのかもしれないわね」
「ふっ、いけ好かんな」
ガルボは苦笑いをした。
ガルボの言う小僧というのはロイシェのことある。もともと、ガルボは戦略などのごちゃごちゃと考えるのは嫌いで、その場の勘を頼りに戦う将軍だった。
そのため、武を心得ず、兵法ばかりを学び、頭一つで出世街道を駆け上がったロイシェのことをあまりよく思っていなかった。
そのためガルボはロイシェに対し、冷たく当たることが多いのである。
試合開始の数分前には大王ハロルドが姿を現した。将軍たちの後ろの玉座にどかりと座り、試合会場を一望した。
「よろしい、始めようではないか」
ハロルドがそう言うと、いよいよ決勝まで上り詰めて来た、剣豪が姿を現す。この試合を取り仕切る立会人が出場する者の名前を読み上げ、出場者が会場に現れればこの試合の始まりだ
「こちらに見えるのは、女騎士ルカ殿」
一人が現れると会場は大盛り上がりを見せる。さらに立会人はもう一人の名前を読み上げた。
「こちらに見えるのは、傷の紳士パドラス殿」
会場内が境地的にどよめいた。それもそのはずその傷を忘れるわけがない。そのパドラスという男はほんの数時間前に城下町で一頭の馬を救ったあの紳士だったのだ。
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