第11話 兄妹
フィリアの屋敷を後にした二人は城内の母屋に向かっていた。
屋敷と城は近くにあり、歩いて五分足らずですぐに城門に着く。
「なんか街の雰囲気変わったな、というよりはネビルを見なくなったというか」
ロイシェが話しかける。屋敷にいた時とは打って変わってかなりリラックスしていた。フィリアに引き取られてからずっと身の回りの世話をしていたメリルはかなりロイシェと親しい仲になっていた。
メリルはロイシェよりも一つ歳下だが、むしろロイシェよりもしっかりとしていて面倒見が良い部分があった。さらに凛とした風格を保ち、男を寄せ付けたない鋭さも兼ね備えている。
「知らなんですか、ネビルの長官が変わったんですよ」
「知らなかったなぁ」
ネビルの失態はあまりにも大きかった。あの六年前の出来事で王のマナフにおける信頼は無くなってしまった。
マナフは最悪、斬首まで考えていたので、解任で済んだだけ増しである。
「でも、長官が外様なのでなかなか前のような一体感は無くなってしまったみたいです」
「外様と言うと?」
「ネビルはこの六年で大きく変わりましたね。今では現長官に対する反感が高まっているようです。副官よりも長官のほうが若くて、そもそもネビルですらなかった人間がいきなり現れて、上についてしまったのですから仕方ないですね」
「ネビルも一枚岩ではないということか」
ロイシェは自分の頬を摩りながら何かを考えているようだった。
「そんな外様いったい、誰が指名したんだ?」
「大王陛下です」
大王ハロルドはネビルの大きな変革をすると言い出し、当時、政治的な権力が強かった家の息子をネビルの長官に任命してしまった。
しかし、大きな変革などただの口実である。マナフを解任し、その空いた枠を狙った金持ちの貴族が自分の保身のために王に対し、息子を任命するように多額の金を積んだのである。
その大金に目がくらんだハロルドは長官をその息子に任命してしまった。これではもともといたネビルの隊員が納得いかないなのも当然である。
町の雰囲気が変わったのも新しい長官の意向でこの富裕層が住む中心街の警備を弱めたのが原因だ。
そんな狂った政策を進めたおかげで、この六年で貧富の差がさらに拡大てしまった。
「なんかどこもかしこも大変だな」
「そのくらいのこと知っといてくださいよ。あなたは少ななからずこの国の将軍になったお方なのですから」
「悪いな、そういうことにはうとくて、でもそんなこと一般人には開示されていない情報だろ。俺が知っていなくてもおかしくないだろ」
「それはそうですが、仮にもあなたは……」
「知らなくても困らないだろ」
ロイシェが遮るように言った。
「もとはと言えば貴方が前長官を解任させたようなものですけどね」
「それを言うなよ」
ロイシェはいじらしい笑顔を浮かべた。
他愛もない会話をしているうちに城門の目の前に着いた。六年前、見上げた城門も自分の体が成長したせいか少し小さく見える。ロイシェは、胸の高鳴りと緊張感を感じる。
城門を潜った瞬間からロイシェの表情は一気に引き締まった。いつの間にか、屋敷にいた時のような鋭い顔に戻っていた。
城内の桟橋を渡ると扉の前に召使が立っていた。
母屋は城内の最も奥にある。場内を召使に案内され二人は母屋に向かった。
「この部屋でございます」
母屋まで来ると、ある部屋の前まで通された。
「ここに妹君がおられます」
召使はそう言ってから姿を消した。
「では私はここで待っていますので」
「分かった」
ロイシェはそう言って扉をノックすると中から返事する声が聞こえて来た。間違いなくロイシェの妹、ルーシェの声だった。
「久しぶりだな、元気だったか」
「はいお兄様」
「まったく宮中の侍女に染まりやがって、昔はそんな言い方していなかっただろ」
「そうでしょうか」
ルーシェは可愛らしい笑みを浮かべる。まさに兄妹水入らずだった。ルーシェは六年前からロイシェの人質として宮中で侍女をしている。ロイシェと会うのはかなり久しぶりだった。
ロイシェもフィリアに仕えていたため、なかなか妹に会いに行く機会がなかった。ルーシェの無垢な笑顔はここでの生活を苦と思わせぬ笑顔だったが、ルーシェの胸の内はまで分からなかった。
一方外でロイシェを待っていたメリルは暇を持て余していた。廊下の窓から見える鳥をぼんやりを眺めている。
「これはシャロル殿下」
メリルの表情はいきなり引き締まり、慌てて跪いた。
「これは私のプライベートです。そんな緊張なさらないで」
「はっ」
そこに現れたのはハロルドの妹のシャロルである。華やかなドレスに気品のある雰囲気を纏っていきなり現れた。
「今日はご公務ではないのですか」
メリルは膝を突き顔だけを上げた状態で質問する。
「わたくしが来てはいけなかったかしら?」
「いえ、そんなことは」
「ルーシェのお兄様がいらしているのでしょ、少し拝見してもよろしいかしら」
「はいそれは勿論です」
メリルはノックをし、扉を開いてシャロルを通した。
「これはシャロル殿」
ロイシェもメリル同様、跪く。
「ごめんなさいね、ルーシェせっかくの兄妹の時間に水を差してしまって」
「いえ、そんなことはありません。シャロル様もいらしていただいたほうが私としては楽しいです」
ルーシェは笑顔で返した。
シャロルとルーシェが思っていた以上に仲が良いことにロイシェは少し困惑していた。
「あなたがルーシェのお兄様ね、ルーシェからあなたのことは聞いているわ」
「はあ」
ロイシェは少し、眉をひそめ、不思議な表情を浮かべた。
「わたくしとルーシェは同じ妹言うこともあって、なかなかに仲がいいのよ、兄がいる妹ってなんだか大変なのよね」
「それは私の妹がお世話になっています」
「そんな謙遜しなくていいわよ。さってこれはこれはわたくしの独断なのだから。わたくしにとっても堅苦しい宮中におけるルーシェの存在はとても大きいのよ。今ではわたくしにとってルーシェはかけがえのない存在よ」
シャロルはそう言って笑いかけた。
シャロルはルーシェよりも一つ歳上でルーシェが侍女といて宮中に入った時からかなり頻繁に母屋に出入りしていた。
同じ、兄を持つという共通点で話が弾み、かなり親しくなっていた。そのおかげでルーシェはシャロルに同行する侍女といていつもシャロルの傍に身を寄せていたのだった。
「そんなこと言われたら恥ずかしいですよ」
ルーシェが照れ笑いをする。
「まさかそんなことがあったとは」
「兄妹揃って出世上手なのかもしれないわね」
シャロルはいたずらな笑みを浮かべた。
「いえいえ、そんなことは」
謙遜するロイシェを見ていたシャロルの眼差しはどこか羨ましそうだった。
「わたくしとルーシェは同じ妹かもしれないけど、わたくしのところはこんなにも仲が良くないわ。だってわたくしはお兄様と会っても話すことが何もないんだもの」
シャロルの生い立ち寂しいものだった。上皇后殿は二人がまだ幼い時に亡くなられており、父である将軍王と謳われたハルミドフは十年前に謎の病で亡くなられた。
その後を継いだのがハロルドなわけだけだがその妹であるシャロルはあまり愛情を注がれずに育った。さらに兄のハロルドともあまり仲が良くなく、シャロルはどこか愛情に飢えていたかもしれない。
宮中にいるのは堅苦しい召使ばかりで年端もいかぬ娘にとってここの生活は囚われの身のようである。そのため城の外からやってきたルーシェにかなり興味を抱いたのだ。
ルーシェはシャロルにとって初めてできた友人になった。
その後も歓談を続けたが時間はあっという間に過ぎ去った。
「元気そうで何よりだな」
ロイシェは頃合いを見てルーシェの頭を撫でた。
「もう子供じゃなくてよ」
ルーシェは、口を膨らませながら言った。
「それでは私はそろそろ失礼します」
「もう行ってしまわれますの」
シャロルはまた寂しそうな表情を浮かべた。
「ええ、ルーシェにこんなにも素晴らしいお方がついていてくださっているなんて兄として安心しました。どうか妹を宜しくお願いします」
深々と頭をを下げたロイシェの肩を叩き、シャロルは笑顔で応える。
「本当にできた兄妹ですね」
シャロルは誰にも聞こえないよな小さな声で言った。
「では失礼します」
ロイシェが外に出ると待ちくたびれたメリルが待っている。
「もういいんですか、なんか顔が緩んでますよ」
扉の横の壁に寄りかかりながら立っていたいたメリルは体を起こし、ロイシェの顔を覗き込んだ。
「失敬な、帰るぞ」
「ちょっと待ってくださいよ」
ロイシェはなかなかに早歩きで母屋を離れていった。
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