第10話 歳月
――六年後
城下町の中心街、城の目と鼻の先に女将軍フィリアの屋敷がある。広大な庭の中に絢爛な屋敷がそびえなっている。
この国を支える、将軍としての鍛錬を欠かさぬように庭の一角には稽古場が屋敷に隣接されており、そのための広大な敷地ともいえる。
この屋敷には数人の女中とフィリア一人が住んでいた。しかし、六年前から新たな住人が住むようになった。
それこそがロイシェである。
しかし、数年も経つと、ロイシェは小さいながらも屋敷を持つようになった。たった数年で王に使える重鎮にまで成長したのだ。
「全く君は本当にチェスが強いわ」
「私にはこれくらいしか秀でるものがありません。フィリア様のような強さは私には微塵もありませんよ」
二人はフィリアの屋敷の一室、広い庭が見渡せる応接間でチェスをしていた。窓際に机を寄せ、太陽の光に照らされながらチェスを打つ。ロイシェのキングが太陽に照らされて影がフィリアのキングに覆い被さっていた。
「もう打つ手なしだわ。あなたはこんなにも強いのになぜいつもチェックメイトをまで至らないの? これじゃ生殺しだわ」
フィリアのキングにはもうロイシェにの駒に囲まれていて、どのように動こうとも何度のチェックされていた。
しかし、ロイシェは毎回チェックメイトまで至らない。フィリアが詰められて打つ手をなくし、降参するのが毎度のことだった
「殺せないのではないでしょうか」
「それは皮肉?」
「いえいえ、なかなか追い詰めることが出来ても殺すことのできない。そんな戦術をお持ちしているのでは」
ロイシェはやや微笑みながら言った。
「それもお世辞でしょ。戦争は殺しあいよ。王の首を確実にとらなければ終わらないわ」
フィリアはそう言いながら自分のキングを手で伏せた。
「それだけが本当の戦争なのでしょうか、私はそうは思いません。むしろこのチェスに私は少し思うことがあるのです」
フィリアは不思議そうな顔を浮かべながらロイシェの顔を覗きこんだ。
「このゲームに何を思うのよ?」
「ええ、このゲームはいささか現実味がない。私ならこうよやって、倒した敵兵を捕虜にし、手厚くもてなしたのちに自国の兵に育て、今度は自軍を守る兵として戦場に出陣させます」
ロイシェはそういってフィリアから奪った駒を盤上に再び並べた。
「でも裏切るかもしれないわ。一度裏切った人間は何度でも裏切るものよ」
「そうかもしれませんが、人の命はそう安々と奪ってはもったいない。戦争をするのは後方で将軍椅子にふんぞり返り、戦局を見ながら頭を悩ませることではない。本当に戦争をするのは全線で戦う兵士です」
ロイシェはフィリアの目を見つめていた。フィリアもその高圧的な目を見つめ返した。
「それはスパイでも同じ?」
その質問にどこか個人的な思いが重なっているように思えた。
「無論」
ロイシェはフィリアの質問に対し鋭い眼差しではっきりと答えた。一瞬の静寂が辺りを襲う。フィリアはロイシェの目の動きを観察していた。
「そうなのかもね」
フィリアはそう言って、背もたれにもたれかかった。フィリアの頭の中には六年前のパイカーのことが過った。敵国のスパイだったパイカーを捉えて尋問を繰り返していたが、ある日突然、パイカーは地下室から姿を消したのだ。
この国の内通者がいるのではないかと思い、捜査をしたが誰も洗い出せなかった。一度はロイシェを疑いもしたがロイシェには完璧なアリバイがあったためすぐにその疑いも晴れたのだ。
後日、いきなり中心街の噴水にパイカーと思われる変死体が掲げられていた。全身が丸焦げになるまで焼かれており、背中から鉄の棒が突き刺されて掲げられていた。その掲げられた遺体は噴水の噴き出た水でよって常時冷やされていた。かなりむごい殺害の仕方だったが、それが一体誰の仕業なのかわからなかった。
さらにその変死体は遺体の損傷が激しく、その人間がパイカーだと断定できたのは顔面の上部半分と背格好ほどしかなかった。
この怪奇な事件の不気味さにフィリアは少し、嫌悪感を抱いていた。
「君ももう随分、妹会ってないでしょ。今日くらい母屋に顔を出してみてはどうなの」
フィリアは窓の外を眺めながら言った。
「そうですね。ルーシェの顔をでも見に行ってきます」
ロイシェがそういうと静かに頷いた。ルーシェとはロイシェの実の妹で今は城の中の母屋に侍女として匿われている。
王に使えるロイシェにとっては人質のようなものである。
「じゃあそろそろお暇させていただきます」
そう言って応接間の扉に目を向けた。そこには黒髪を後ろで結び、きりっとした顔立ちの女が立っていた。その女はロイシェが椅子から立ち上がるとすぐに扉を開けた。
「私のことをまだ信用していただけてないのですか」
「別にそんなことはないわ。君はもう一人の将軍でもあるのよ。いつ命を狙われるかわからないわ」
「それはフィリア様も同じでは」
「君一人じゃ襲われても対処できないでしょ」
フィリアは少し呆れ顔をしながら言った。
六年前この屋敷でフィリアに剣術を習い始めたがロイシェにはからきし才能がなく。全く剣術が上達しなかった。フィリアは次第に自分の目が間違っていたか少し、諦めかけていたがロイシェの真剣さにほだされて日々鍛錬を重ねていた。
そんなある日、たまには休みがあってもいいと思い、フィリアはロイシェをチェスに誘ったのだ。
フィリアは元々チェスが得意だった。もちろんこんな子供に負けるはずがないし、少しくらい手加減しようと思っていた。
しかし、いざ打ち始めるとロイシェはフィリアを圧倒し始めた。フィリアもこのロイシェという子供の意外な一面に直面したのだ。
その日からフィリアはロイシェに教えるものを剣術ではなく兵学に変えたのだ。そこからというものロイシェの成長は著しく、めきめきと参謀しても才能を発揮し始めた。
それから数年のうちにロイシェはフィリア軍の参謀にまで成長したのだ。そこでの武功も逸したもので電光石火の如く、出世をしたのだ。
たった六年で一国の将軍になるなど異例の事態であった。まだ将軍としては戦場に出陣したことはないが、かなりの期待を寄せていた。
フィリア軍の参謀の時にこの国の領土が侵されることは決してなかった。しかし、ロイシェの策はどれもフィリアを将軍として立てる者ばかりでその正体が敵国にバレることはなかったのだ。
フィリアの背後に隠れる獅子の才力は計り知れないとガルボも舌を巻くほどだった。そんな人間が独立をした部隊をもち、フィリアの背後から姿を現したのだ。いち早く情報を手に入れ、フィリアの背後に潜む獅子に気が付いた敵国の刺客が暗殺を企てているかもしてない。
フィリアはそう思い、ロイシェには常にメリルという秘書が付いていた。
「それとも私の力を信じられないのですか」
メリルが一歩前に出てそう言った。
「そんなことはない。頼りにしているよ」
ロイシェはメリルに向かって優しく言った。
「では母屋に向かわせていただきます」
どこかばつが悪くなったロイシェはそう言って、応接間を出ようとした。
「大王の妹君もお見えにならられるかもしれないからね、粗相のないように」
出ていこうとするロイシェに向かってそっと言った。
「はい、わかりました」
ロイシェは頭を下げて、応接間を出ていった。
「それでは私も失礼します」
ロイシェが部屋を出るとメリルが続けて頭を下げた。フィリアは小さく頷くと再び窓の外に視線を向け、何かを考えこみ始めた。
手には負けたチェスの駒であるキングを握りしめながら。
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