第14話 力量

 パドラスは刀を胸の前まで、静かに抜いた。


「本当によろしいのですね」


 パドラスは立ち上がると、フィリアのいる桟橋まで歩いた。フィリアは桟橋の中央で仁王立ちをして待っている。


「私もその気だわ」


 フィリアは腰に差していた剣を抜いた。その剣は大きさからして両手剣ほどの大きさだったがフィリアはそれを右手一本で構えた。


「なぜ片手で持っているのですか」


「だってあなた手負いじゃない、手負いの人に全力は出せないもの」


 パドラスは自分の左胸の傷を見ると、青筋を立てそのままフィリアを睨んむ。


「こんな傷ただのかすり傷です。この程度で手負いなどとは思わないでください。どうか見くびらないでいただきたい」


「別にあなたのことを見くびっているのではないわ、今日の試合だって相手を叩き斬るつもりなら太陽の光など利用せずに叩き斬れたはずよ。でもあなたは初めから斬り捨てる気などなかったそうでしょ?」


 フィリアは顎をしゃくりながら睨み返した。


「いかにも、ならば両手で持っていただきたい。それにあなたには女性というハンデが既にあります」


「私を女性として見てくれてるのはうれしいわ、でもあなたの言葉を取って返すようだけど、見くびられちゃ困るわ。戦場において私のことを女だと思った人間は皆、死んでいるのよ」


 フィリアは目を剥いた。


「ならば遠慮はなく叩き斬らせて頂きます」


 パドラスは刀を振り上げる、それでもフィリアは剣を片手で持ったまま、じっとパドラスの刃先を見つめていた。

 フィリアの使っている剣は決して、小さくない。それなのにもかかわらずフィリアは重い剣を片手で持っている。

 その上、フィリアの身長はそこまで大きくなかった。一般的な女性の身長で剣を扱うにはおろそかな体格をしているし、そこまで筋肉質にも見えない。

 それでもフィリアからにじみ出る、猛獣のごときオーラは女というものを逸していた。


 パドラスは走り出す。

 そのまま、フィリアの攻撃範囲に入る寸前で大きく飛び上がった。刀をそのまま振り下ろし、全体重をかけて脳天から叩き斬るつもりだ。

 前腕に力が入る、フィリアのつむじを既に捉えているが、フィリアは片手で構えたまま、まだに動いていない。


 見栄を張りやがって


 パドラスは心の中で呟いた。


 このまま命を貰ってしまえば、本望


 パドラスは完全に捉えたと思い、ニヤリと笑った。刀を振り下ろし、勝ちを確信した瞬間だった。フィリアがいきなり上を向き、笑みを浮かべた。

 その笑顔は不気味で一瞬でパドラスの力が緩まってしまった。

 そしてそのまま進む刃から金属が弾ける音がした。


「まさか」


 パドラスが刃を見ると、ちょうど刃の中心にフィリアの剣先が突かれており、刀が止まっていた。

 そのままフィリアは上に剣を弾き、パドラスは後方に飛ぼされしまった。


 何だ今のは、片手で俺の刀を止めただと……


 それもただの斬撃を片手で止めたのではない、全体重がかかった渾身の一太刀をいとも簡単に片手で、しかも剣先の僅かの一点で弾き返されたのだ。


 息を荒くし、怪物でも見たかのような表情で見つめる。パドラスに対し、フィリアは余裕な表情で見下していた。


「何という力だ」


「力ではないわ、コツよ」


「そんなバカな」


 パドラスは唇を噛みしめた。


「あなたの考えは予想しやすい、来ると分かっている者に対し、そっと剣を差し出すだけで相手の斬撃を防ぐなんて容易なことよ」


「読めたところで、今度はそう簡単に跳ね返せはしない」


 パドラスはさっきと打って変わって、今度は刃を交えにいった。正面からフィリアの剣をうけようとしたのだ。

 こちらは両手、一方向こうは片手、刃を合わせさえすればパドラスが負けるわけなかった。

 いくら読めても、コツとやらを使おうと、この押しに勝てる者はいまい。パドラスは力には自信がある。もう策などは考えずに力勝負のみで勝負をかける。

 しかし、いざ刃を合わせてみるとフィリアの剣は微動だにしなかった。


「これがあなたの全力なの?」


 フィリアは戦闘の最中にしゃべる余裕まであったというのに、歯を食いしばるパドラスは刃を合わせるので精一杯だった。

 少しでも力を緩めれば負けてしまう。全く敵わない。


「もう十分でしょ」


 フィリアはそういうと、刀を軽く払った。

 パドラスはそれだけで簡単に払われ、後ろに尻もちをついてしまう。


「あなたは自分の力を慢心しているわ、策に溺れ、力を過信している。それでは私に勝てっこない」


 フィリアに冷たく言われ、パドラスは深く思い込んだ。一人の女に全く歯が立たなかった。この事実にプライでを傷つけられ、非常に歯がゆい、自分の力のなさを思い知らされた。まるで昔の自分を見ているようだと、パドラスは心の中で自分を戒めた。


「私の負けです。参りました。」


 パドラスはそう言って、深く頭を下げる。

 自分の力が全く通じなかった。パドラスは刀を鞘に納め、今度は自分の右側に置いた。


「約束通り、あなたの軍に入隊させて頂きます」


 パドラスは献身的な態度で敬意の念を伝えた。しかしフィリアは鼻で笑い、軽く一蹴した。


「思っていたよりもあなたは弱かった。私の軍にあなたはいらないわ。その代わりあなたにぴったりの軍を紹介してあげる」


「しかし、私はあなたに負けたのです。あなた以外に忠誠を誓う義理はありません」


「安心しなさい、私の息子みたいなもんだから、少なくともあなたよりは策を練るのがうまいわ。いま丁度、将軍になったばかりで軍に人も少ないはずよ。あなたのような無法者にはぴったりなところだと思うけど」


 フィリアが諭すように説得すると、パドラスは少し考えてからその場で首を縦に振った。


「決まりね、じゃあその新米将軍の屋敷に案内するわ」


 フィリアはそう言って嬉しそうに笑った。


「何をやっておる、貴様らここは城内じゃぞ」


 血相を変えて城から飛び出してきたのはガルボだ。ガルボを取り巻く数人の家来と共に喧嘩をする二人を取り押さえに来たのだ。


「あら、どうしたのそんな怖い顔をして」


「とぼけても無駄じゃぞ貴様、フィリアこれは軍法会議ものじゃぞ、個人の闘争をこんなところでするとは何たる不届き者」


 ガルボは今にもフィリアに斬りかかりそうな勢いで怒鳴り散らした。ガルバはさらにパドラスに目を向ける。


「貴様も本来なら刑罰ものじゃぞ、これは王に対する冒涜ともとれる」


「はっ、軽率な行動をお許し下さい」


 パドラスは跪き、深々と頭を下げた。


「大袈裟よ、私は血を流すつもりはなかったわ、ちゃんと加減しているのよ」


 跪き、頭を上げていたパドラスだったが、加減をしているフィリアに対し、必死になって殺そうとしていた自分がどれだけ滑稽に映っていたのかと思うと、今にも恥ずかしくて逃げ出したい気分だった。


「桟橋を血で汚すなど、言語道断、即死罪となる」


 ガルボはさらに眉間にしわを寄せ、苦い顔をした。


「今回ばかりはワイの顔に免じて許してやるが、次このようなことがあれば貴様の首をその場で落としてくれるわ」


「あなたにそんな権限があるのかしら」


 チャカすフィリアに対し、ガルボはフィリアを睨み返す。


「あと、ガルボこの子は私がいただくわ」


「何を勝手なことを」


「もう交渉は済んでるわ」


 そう言ってフィリアは歩き出した。


「おい待つのじゃ」


 ガルボが止めようとすると、フィリアは足を止め、パドラスのほうを振り向いた。


「ちなみにこれがあなたの使える将軍のいる屋敷の地図よ」


 フィリアはそう言って巻物を投げた。憤慨するガルボを完全に無視してパドラスとの話を進めた。蚊帳の外になってしまったガルボは呆れた顔している。


「分かりました」


「あっそれともう一つ」


 フィリアは自分の腰に差してあったもう一つの剣を抜いた。その剣は一方の両手剣に対し、とても小さく、細く、刃を交えれば折れてしまうような貧弱な剣だった。


「これをその将軍に届けてちょうだい、これは私からの将軍昇格祝いっていうことね」


 フィリアはそう言ってパドラスにその剣を渡した。


「こんな細い剣で宜しいのですか」


「どうせ使わないと思うからこれでいいのよ」


 パドラスは不思議そうな顔をした。


「じゃあね、宜しく伝えといて」


 気が付くとフィリアは手を振って夕日の中に歩いて消え去っていた。


「勝手な小娘じゃ」


 ガルボも吐き捨てるように言って城内に戻っていった。

 一人桟橋に取り残されたパドラスはフィリアからもらった巻物の地図を大きく広げ、首を傾げた。

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