第8話 謁見


 上手の三人に見つめられる中、


「それではその品とやらを見定めようではないか」


 というハロルドの一言で武器の取引が始まった。

 ハロルドそう言った後、ガルボに目配せをした。するとガルボが立ち上がり、太い声を出す。


「このワイが見定めましょう。商人、品を前に出せ」


「はっ」


 パイカーはリアカーの帳を剥ぎ、そのままガルボに差し出した。


「ほうなかなか代物じゃ」


 ガルボは一つ一つそれを見定めていく。


「そちらの品は東の鍛冶師が鍛錬込めて作り込んだものでございます」


 ロイシェはそう言った後、パイカーの顔を見て、瞬きをした。

 実は、ロイシェは地下水路の中でパイカーから根掘り葉掘り商品のことについて聞いていたのだった。

 パイカーはまた出過ぎた真似をと思ったが、渋々教えた。しかし、いざ謁見で商いを始めるとロイシェのたぐいまれなる言葉のセンスにパイカーも舌を巻いた。

 商人としてこれほど口がうまく、交渉がうまい人間を今まで見たことがない。パイカーはロイシェの後ろ姿を見てそう思った。


「貴様、相当な武器の手練れじゃな」


 ガルボはロイシェの説明を聞き、嬉しそうにそういった。


「そうでしょうか、ありがとうございます」


 ロイシェは笑顔でそう言った。ロイシェの笑顔にはどこか可愛げがあり、人を引き付ける力がある。

 ガルボもその無垢な笑顔に魅せられ、ついついロイシェの説明に聞き入ってしまった。


「そなたがかなりの商人であることは十分に分かった。一つ私からの質問をしていいか」


 そう言ったのははフィリアである。


「はっ何なりと」


 ロイシェは頭を下げながら言った。


「名をなんと申す」


 ロイシェはその質問があまりにも意外だったために少し時間をおいてから慌てて答えた。


「ロイシェと申します」


 その瞬間フィリアの顔が少し、狼狽したように見えた。


「ロイシェか、よき名前だな」


「質問はそれだけでございますか」


「いやもう一つ、そなたさっきから全くしゃべらないがいったい何者なのだ」


 フィリアはそう言いながらパイカーを見つめた。ロイシェとパイカーはしまったと思った。ロイシェはパイカーの目があまりに鋭く、本来の目的がバレてしまいそうなのであえて、ここはロイシェが説明を率先していた。

 しかし、それがあだとなり、むしろ注目を集める形になってしまったのだ。


「いえ、私よりロイシェのほうが口が長けるので……」


 パイカーが答えると、


「なるほど、ではそながが助手なのか」


「いやそれぞれ、得意なものがあります故……」


 パイカーは焦りを隠し、落ち着いて答える。


「野暮な質問をするようだが……まさか貴様スパイではあるまいな」


 フィリアの先程までとは打って変わったような鋭い目つきがパイカーの額を突きさした。


「なんだと」


 それを聞いてガルボの表情も一変する。

 これはかなりまずい状況なってしまった、ロイシェは話題を変えようと奮闘した。


「将軍様、私がこの商談の担当でございます。商品のことなら――」


「黙っておれ、あの小娘の言うことはあながち間違いではあるまい」


 ガルボがロイシェの言葉を遮るように言った。

 ガルボに一喝され、ロイシェは黙ったが、何とかしようとフィリアを止める策は何かないかと考えたが、自分に今のフィリアの目を変えることは出来そうにない。


「何をもってそうだと思ったのですが」


 パイカーが顔を上げて聞いた。


「勘と言ったら、不謹慎?」


「いえしかし、根も葉もなければ。それは私とて、失礼に当たります」


「それはどうかしら」


 フィリアの口調がいきなり変わった。

 その変化を見て、ロイシェはすぐにこちらに目を向けようと、叫んだ。


「今回はこの商品の売買に赴いた身であります。そのようなこてゃ決してありません。パイカーは……」


「ほう名をパイカーというのね」


 ロイシェは苦い顔をした。先程に続き、フィリアの目をこちらに向けようと叫んだが、ついついパイカーの名前を言ってしまい、さらに状況は悪化の一途をたどった。


「パイカー、あなた周りがそんに気になるの? ここに入ってきたときからどこか怪しいと思っていたわ。私はここまで沢山のスパイを捕まえてきているわ、私の目に狂いがなければ、一目であなたの行動を見抜くことが出来るのよ」


「……」


 パイカーは頬を痙攣させながら、床に爪を立てた。


「まぁいいわ、そこで黙ってなさい」


 フィリアは腰に、差していた剣を抜いた。


「フィリア! 王の御前じゃぞ、いくらその者に容疑がかかっていようと、王の御前で首を飛ばせば、はお主とてただではすまぬ」


「大丈夫です、ただこの坊やに少し聞くだけです。大王陛下、私の行為をどうかお許し下さい」


 フィリアがそういうと、ハロルドは椅子に座り頬杖をついたまま、黙って頷いた。

 それを見たフィリアはロイシェに目を向けた。


「私は微塵も隠していることなどありません」


 ロイシェは床に両手両ひざを付けながら言った。


「それは私が確かめることよ」


 フィリアは抜いた剣を逆手で握った。


 ――ッス


 フィリアの剣先がロイシェの右手の甲を突き刺す。

 みるみるうちに手の甲に血がにじむ、ロイシェは歯を食いしばり、微笑みながらフィリをを見上げた。


「私に……なんも隠し事も……ありません…………」


「ほう、見上げた根性をしておる」


 ガルボはそのロイシェの姿を見て、感心した。しかし、フィリアの尋問はこんなものでは終わらなかった。

 剣先をさらに突き刺し、そのまま、右へ少しずつ回した。傷口が広がり、血が噴き出る。剣先の刃が手の骨に触れる。


「っぐぐぐ――うわぁ!!」


 歯を食いしばり、ずっと耐えてたがついに声を漏らしてしまった。


「まだ年端もいかない子供に何をしていやがる! 尋問なら俺が受けてやる!!」


 パイカーがついに立ち上がり、叫んだ。ロイシェの手に剣を突き立てるフィリアに対し、隠していた拳銃を取り出し、その銃口をフィリアの額に向けた。


「貴様は黙っておれ」


 後ろで見ていたガルボが商品の銃を構え、パイカー目掛けて発砲する。

 弾はパイカーの耳を貫いた。


「ぐっ、クソ!」


 パイカーは耳を抑えたまま、膝をつく、左耳からポタポタと血が滴る。どうにか耳の全てを失わずには済んだが左耳の上半分は無残な姿になってしまった。


 倒れ込んだパイカーはまだ拳銃を握っている。ロイシェは左腕を伸ばし、興奮しているパイカーをなんとかなだめようと、左手で押さえた。


「まて、パイカーここで躍起になったら思うツボだ、ここはとにかく……」


「うわああ!!」


 ロイシェの言葉は自分の叫び声で書き消された。フィリアが勢いよく、剣を抜いたのだ。その瞬間、大量の血が床を赤く染める。


「この坊やを助けたいなら、早く吐いたらどうよ。そうすれば坊やの命だけは助けてあげるわ」


 パイカーの身が震えた。


「この腐れ外道が……」


 パイカーは拳銃を握ったまま、激しく歯を食いしばる。


「俺たちは商いだ。そんな剣に屈しないんだろ」


 ロイシェが後ろを振り向きながら叫んだ。


「俺の親父は戦争で死んだ! 俺は戦争が嫌いなんだ」


「戦争嫌いが戦争の道具を売る、何たる矛盾!」


 ガルボがロイシェの言葉を聞いた瞬間、高笑いをしながら言った。


「悪魔の商人が綺麗ごとを並べおって、貴様の存在こそ生きる矛盾ではないか。自分の父が戦争で死になぜその戦争のための武器を売る? その場限りの戯言は見苦しいぞ」


「そんなんじゃ……」


 ロイシェは口ごもった。


「なるほど、分かったぜ、全部分かった」


 パイカーがそうつぶやいた。


「フィリア将軍、あんた目は正しかったよ。でもその変わりに俺と最期の取引をしてくれよ」


 パイカーはフィリアを見上げながら言った。

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