第6話  離別

 ネビルが必死の思いで消えた武器商人を探し回っている中、二人は暗く、閉鎖的な道を松明を灯しながら歩いていた。

 その二人の歩く、道の隣には流れのない川がある。その川に小舟を流し、小舟と共にゆっくりと歩いていた。


「しかし、あんなところに隠し扉があったとは、いつもお前には驚かされる」


 パイカーが岸を歩きながら言った。


「この道を知らなければ、あのネビルからは逃げられねぇよ」


 ロイシェはしたり顔をした。

 二人が小舟と共に歩きながら進んでいた川とはただの川ではない。そこは昼でも夜でも明かり一つ灯らない地下に流れる川だった。

 つまり地下水路である。この長く続く、地下水路を小舟の先頭にランプを灯し、二人は松明で自分の道を照らしながら密かに進んでいたのだ。

 なぜこのような経緯になったのかというと、話はまだ夜が明ける前、草木も寝静まる深夜に戻る。


 ロイシェと共に馬車宿に入って、案内された部屋を見て、パイカーは唖然とした。

 窓も通気口も外界との繋がりが一切なく、これでは仮に見つかっても逃げるすべなど一つもなかった。パイカーが呆然とその場に立ち尽くしていると、ロイシェはいきなり、床に手をつき、床の板目を触り始めた。


「いったい何をしているんだ」


 パイカーがまたしてもロイシェの奇怪な行動に違和感を感じて、問いかけるがロイシェは板目に集中していて、返事は返ってこなかった。

 パイカーは呆れかえり、ため息をつく。

 するとその矢先にロイシェは、触っていた床板に手をかけ、床を思いっきり剥いだのである。

 パイカーはまたしても驚いた。それは床を剥いだのではなく、床が大きな隠し扉になっていたのだ。その扉は地下に続いていて、部屋の扉以外の唯一の外界への抜け道のようだった。


「パイカー手を貸してくれ、この板すげえ重いんだ」


 一人でその分厚い扉を支えるロイシェは支えたまま、パイカーを呼んだ。パイカーすぐさまロイシェの横で扉を支え、一緒に持ち上げた。

 重い扉を上げ切って、パイカーはこの部屋の地下にあった衝撃のものを初めて知った。


「おいなんだこれ、この町の下に川が流れているぞ」


「ああこれは地下水路だ。この水路をたどっていけばいずれ城に着く」


 部屋からはしごが垂れさがっていて、水路の岸には小舟が一隻止まっている。

 ロイシェがやることだなにかあるとは思っていたが、この地下水路は予想がだった。パイカーは中をよく覗き込んだ。


「なるほど、あの小舟を使って逃げるんだな、しかしそれにしては小さい、それにオールがねえぞ」


「俺たちは乗らねえよ、その船に武器を乗せて運ぶんだ。そして俺たちがあの小舟の先にロープをついて引っ張って運ぶんだ」


 そう言いながらロシェは部屋の中にあった。ランプを手に取った。ここは元々、店のワインセラーとして使われていた部屋だったらしい。そのため、窓は一つもないし、そこまで広くはない。その上、温度の調節をするためのランプなどが沢山あり、どれもいまだに使えるものばかりだった。


 ロイシェがしゃがみながら作業する中、パイカーはロイシェを上から覗き込みながら問いかけた。


「この下が水路っていうのは分かった。でもこんな水路、ネビルも把握してるんじゃねえか」


「これはもうとっくに廃道になっている。あそこに流れる水だって、ほとんどが雨水がたまったものだ。もうとっくに、使われてねえよ。だからこの水路をネビルは知らねえ、今のハロルド政権になるずっと前に使われていた水路だからな」


「そんな水路、よくお前が知っていたな」


「まぁな……」


 ロイシェは話し辛そうに少し、目を逸らした。


「よしあとは武器をここまで運ぶだけだ。少なくと夜明けまでにはここを空にするぞ」


 ロイシェはランプのついた、ロープを丁寧に垂らすと、立ちながら言った。


 二人はほんの小一時間ほどですべての武器を小舟に積み込んだ。さらに、厨房からパンなどの保存食を貰ってきて、それも全て小舟の中に積み込んだ。

 その作業が全て終わり、出発の準備を始めると、パイカーはいきなりその部屋を出て、車庫に向かった。

 不審に思ったロイシェは出ていった、パイカーの後を追い、車庫の入り口まで追いかけていった。

 すると、そこでパイカーの声が聞こえて来た。パイカーは乗ってきた馬車の馬の顔の目に寄り添い、鬣を優しく撫でていた。


「今までありがとな」


 馬の鬣を撫でながら呟く。

 ロイシェはそれを少し離れたところで見ていた。


「なんだよ、思い入れがないなんて嘘じゃねえか」


 ロイシェはパイカーには決して聞こえないような小さな声で呟いた。

 パイカーは車庫に入ってきたロイシェに気づいていた。パイカーは大きく息を吐き振り返りながら、


「よし行くぞ」


 と言って、今まで以上に早歩きで先程までいた部屋に向かった。

 その間にパイカーが後ろを振り向くことはなかった。

 ロイシェはその後を黙ってゆっくりとついていった。ロイシェはそのパイカーの後ろ姿を見てどうしてか安心感を覚えた。パイカーという人間の人間性ここに来て、始めて知り、その人間性を心の底から信頼することにした。


 それから二人は暗く、果てしなく続く、道のりを歩き始めた。

 本当に景色は変らない、小舟に乗りオールを漕いで進めば、もっと早く城に着くと思うが、二人は歩きである。

 ロイシェは、


「ここは上の道と違って、城まで一直線だ。距離としてはこっちのほうが近い」


 と言っていたが、人間にとって明かりのないジメジメとした道を何日も進むのはかなりの苦難である。

 そのため、もらったパンをかじりながら、休み休み進んだ。ここはネビルに絶対に見つからない。そのため、別段焦る必要もなかった。

 長い間共にいたが、沈黙が続くことも多かった。

 そんななかロイシェはふと、パイカーに尋ねた。


「あの馬本当に置いてきて良かったのか」


 パイカーはビクンとしてロイシェの顔を見た。一瞬目が合うとパイカーは大きな声で高笑いし、


「まさかお前がそんな心配をするとはな」


 と言ってロイシェの肩を叩いた。

 ロイシェが黙っていると、


「安心しろちゃんと別れは言ってきた。あいつも俺ももう思い残すことはねえよ」


 パイカーはそう言ったのである。ロイシェもそれを聞き、何かが吹っ切れたような気がした。


「よしどんどん先へ進むぞ」


 と威勢よく叫ぶと、ロイシェは歩くペースを速めた。

 そんなこんなで進む二人の道中だったが、その道のりはは着々と城に近づいていたことは確かである。


 ************


 武器商人失踪の報告を受けて、焦っていたのはネビルだけではなかった。それはこの悪事の根源でもあるハロルドも同じである。


 ハロルドは玉座に腰を掛けていたが、どこか落ち着かない様子で、足を何度も組み換えしたり、揺すったりしていて完全に取り乱していた。


「大王陛下、どうかなされましたか」


 そんな王の異変に気付き、問いかけたのは、女将軍フィリアだった。フィリアはハルミドフの時代から仕えた将軍の一人でかなりの才色兼備として有名だった。

 武力と智略にも長けていてパンタリーネの勃興期を若くして支えた一人でもある。当時は名だたる将軍のなかでも最年少先陣に立ち、他国からも一目を置かれるような存在だった。

 いまでもまだ戦とあらば真っ先に先陣を切るようなパンタリーネの主力としての地位を築いている。


「なんでもないわ、貴様が我のなすことにいちいち口を出すな」


 ハロルドはフィリアを遠ざけるように言った。


「はっ失礼致しました」


 フィリアルはそうは言うものの王が何かを隠しているというは薄々気づいていたのである。

 しかし、一将軍である彼女にそれを詮索することは許されなかった。

 フィリアルはそんな疑心感を抱えながら、王の謁見を後にするのであった。

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