第5話  消失

 ロイシェとパイカーは馬車を置くと、車庫の裏から宿屋に向かった。車庫の裏には小さな扉があり、そのから細い通路が伸びている。

 その通路を少し進むと、酒場の厨房の外扉が見えてくる。もちろんそこは客が入るような場所ではなく、完全に業者用の通路だ。

 しかし、ロイシェはその狭い通路を躊躇なく進んでいった。


「今からその親父に会うぞ。この通路は俺専用みたいなもんなんだ」


 ロイシェはどこか誇らしげに言った。しかし、パイカーはロイシェがさっき取った奇怪な行動が気になって、どこか上の空で聞いていた。


「やっぱり教えてくれよ。一体何のために帳を変えたり、わざわざあんな奥に馬車を止める必要があったんだ?」


 パイカーは先行するロイシェを止め、改まって聞いた。


「今に分かるよ」


 ロイシェは肩透かしな答えを続けた。パイカーは益々、ロイシェに不信感を抱いていた。

 二人が厨房の外扉の前に立つと、ロイシェがおもむろにその扉をノックする。

 すると、サスペンダーとズボンの上にエプロンを着用した男が扉の影から姿をあらをす。体はそこまで大きくないし、髭から髪の毛まで真っ白の初老の男だ。

 しかし、その男の体はかなりもうろくしているようだが目だけはどこか一目を置くような存在感があり、猫の目のように鋭く光る眼光は印象的だった。


 男はロイシェの顔をじっとの覗き込むように見つめる。男はじっとロイシェを観察し、その観察が済むと大きな声で、


「おお、坊主久しぶりだな」


 と言うと、一瞬でおおらかな顔になり、ロイシェの肩を叩いた。


「久しぶりだな、おやじ」


 ロイシェも軽い挨拶をする。


「こんな時間にそんな商人連れて、何しに来たんだ。今日のところは宿、一個も空いてねえぞ」


「ただ、部屋を借りに来ただけならこんな裏から来ねえよ」


 ロイシェがそういうとおやじは目を細めて少し考える、そのあとパイカーをじっと見ると深く頷きながら言った。


「大体の予想はついた。よしいつものところだな」


 おやじはそう言って、二人をそこへ案内し始めた。しかし、元からロイシェはそこを知っていたらしく、おやじとアイコンタクトを取り多くは語らなかった。むしろロイシェはおやじよりも早く歩き、一人で先行していた。その後ろをパイカーがついていく。

 おやじは厨房の横を抜け、小さな小部屋に案内した。


「ここでいいんだよな」


 おやじはそういうと、また厨房に帰っていった。

 ドアを見る限りはかなり年季が入っていて、いかにも隠れ家というような部屋だった。厨房の横を抜けるだけでここについてしまうし、このくらいの部屋でネビルの捜査を欺けるとは到底思えない。


「本当にここでいいのか、それになんなんだよこの部屋は」


 パイカーはそのドアを見ながら言った。


「ここは飛び切りの貴賓室だぜ」


 ロイシェは白い歯を見せて、笑いながら言った。


 ************


 パンタリーネの夜が明けた。

 突き刺さるような眩しい朝日が城下町の照らす。そんな平凡な光景の中にひと際、騒然としたところがあった。

 それはネビルの本部である。本部は城の目前の町、一番街の中心にそびえたっている。その存在感は城の次にあり、そこにはネビル長官、マナフ腰を据えている。

 本部は今日の未明から出入りが頻繁に行われている。ネビルが武器商人を取り逃がしたという事件はまだ国民には知れ渡っていないが、もしそれが知れ渡ればネビルは治安維持部隊という威厳を失うことになる。

 例えそれが王の腐った政策だろうとも、それに従い、全力で国のために動くのがネビルである。

 城内にネビルは決して立ち入ることが出来ない。これは王族へ対する冒涜に至る行為としてきつく禁じられていた。そのため、何としてもこの町の中で見つけ出す必要があるのだ。

 城内に入れば、王は正当とは名ばかりの違法な取引をせざる負えない。独裁者とはいえ、王自らが悪行に手を染めるのは分が悪い。今回のように武器商人を呼び寄せるなど、日々の跋扈とは桁違いの行為であり言語道断なのだ。

 本来なら法の下に動くネビルだが、古くからの習わしで王を捕まえることは出来ない。それをうまく利用し、王はこの武器商人狩りをを始めたのだ。

 これはハロルドが生み出した最大の武器の入手方法である。ここで王とネビルとの間に内密な関係が築かれ、王に絶大な信頼をしているのだ。そのため今回の任務を失敗することは許されない。


 元を正せば、この事態は武器商人の包囲に失敗した屯所の不遜致すところだが、問題はネビル全所に広がっていて、未明から捜索が始まっていた。

 マナフ自らが本部を出て、現場の指揮を行った。

 ロイシェの唐辛子粉による攻撃を受けたネビルはその正体を突き止めることが出来た。そのため、今回の武器商人はどんな姑息な手段を使ってくるかわからないと、報告されている。

 そのため、マナフは各所長に連絡を取り、ガスマスク及び、ボーガンや弓などでガス攻撃や粉塵爆発の警戒準備を徹底した。


 町中をネビルが完全武装をして、動き回るのは国民にとっては恐怖である。しかし、マナフが自ら出てくる以上、絶対に失敗は許されなかった。これが王に知られればマナフは最低でもクビ、最悪の場合は斬首も考えられる。それは本人が一番分かっていたし、今いるネビル長官という椅子はかなり居心地が良いものだったため、何としても武器商人を見つけ出そうと必死の思いで探し回った。


 しかし、武器商人が姿を消した八番街から城まではかなり遠い、馬車を飛ばしたとしても、三日はかかるだろう。

 それにこのネビル総出の捜索で見つからないわけがない。とマナフは内心、捕まるのは時間の問題だと思っていた。

 ここは閉鎖された町である以上、どこかなの馬車宿に泊まらなければ、夜を明かすことができない。夜通し、動き回ろうとどこかの隠れ家の中のに隠れなければ、すぐにネビルに見つかってしまうし、この城下町かれ抜け出すことは不可能に近い。


 そのため、マナフが最初に捜査したのは城下町中の馬車宿であった。

 馬車宿の数は限られていて、そこまで多くない。さらに、夜通してやっているところでなければ泊めてはもらえないだろう。

 マナフは各地の馬車宿の全面捜査を行った。すると、馬車に乗った男が夜中を疾走するという、目撃証言は多数寄せられた。

 特に、八番街から五番街にかけてが多く寄せられたため、馬車宿の特定は意外にも早かった。

 その特定された場所はもちろんおやじの店である。


 マナフは店の中にずかずかと入っていった。そして店主に向かっていきなり、


「今からネビルがこの店を捜索する。店の中にいる者、および従業員はその場で手を頭に乗せ、一歩も動くな」


 と叫んだ。店の中は一瞬で凍り付く。


「これじゃ商売あがったりだ。いったい何があったんだ」


 おやじが厨房から姿を現し、そう言った。


「丁度いい、貴様がこの店の店主か、ここに深夜、馬車を引いた行商人が入ってこなかったか」


 マナフは威圧的な態度で尋ねた。


「いいや分からんな、なんせうちは繁盛しているんでな。そんなような客は五万といる」


 おやじは見え透いた嘘をついた。もちろんマナフもその嘘を見破ってはいただろう。しかしマナフはいきなり笑い出し、あえてその場での尋問は避けた。


「ここに武器商人が泊っている。もしその男を庇うというなら貴様も同罪だ」


 マナフは自信に満ち溢れた声で言った。


「……」


 おやじは苦笑いをしながら黙った。黙って、マナフに笑い返してやった。


「まぁいい、捜索すればすぐに分かることだ。さぁかかれ」


 マナフはそのおやじの態度に幾分、苛立ちを覚えたが、シカとしている親父を横目に捜索を開始した。何十人というネビルが店中を嗅ぎまわった。

 その間、マナフはおやじから一杯のコーヒーをもらい、店のカウンターに座りながらそのコーヒーすすっていた。ゆったりと余裕な表情を浮かべたままじっと待っていた。


「まずは馬車から調べろ。そこに商品となる武器がはずだ。この包囲からは抜け出せまい」


 ネビルは早朝から大規模な包囲を始めている。その包囲網は先ほどのネビルの行った包囲網とは比べものにならない程のものだった。

 そのため、この店を出てもネビル精鋭部隊に取り押さえられる。万全な状態で包囲しているため、ここから逃げることはほぼ不可能に近かった。


「車庫を捜索したのですが、武器を乗せた馬車は一つも見つかりません」


「ならば宿の中を調べろ、どこかに隠れているはずだ」


 しかし、その宿も何も見つからなかった。


「いったい、どこに隠れていやがる」


 マナフが貧乏ゆすりを始めて、落ち着かなくななり始めたころ、一人の隊員から一報が入った。

 それは厨房の奥に隠し部屋があるということだった。

 マナフはにやりと笑みを浮かべながらおやじの顔を見て、勝ち誇った顔をした。


「俺をそこへ連れていけ、この手で捕まえてやる」


 マナフはいくらか笑みをこぼしながらその隠し部屋に向かう。もちろん、厳戒態勢でそのドアを解錠は行われた。

 隊員はが盾を構え、マナフは通路の一番奥から黒色火薬と呼ばれる小型の爆弾を扉に投げつけた。

 黒色火薬が扉を吹き飛ばす、あたりには爆煙が立ち込める。

 だんだんとその煙が薄くなり、少しずつ扉の中が姿を現した。煙が薄まっていっても影を確認することは出来ない。そこに人がいる気配もなかった。

 その煙が完全に消え失せ、扉の中の全貌が明らかに明らかになった時、ネビルは驚愕した。

 そこは窓もなく、鼠一匹すら逃げらぬような隙間のない密閉された部屋だったのだ。

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