第3話 逃走
ロイシェとパイカーが逗留する宿屋はネビルによって完全に包囲されていた。二人の泊まっている部屋は車庫付きの一階にある部屋である。
扉は車庫用の扉ともう一つ、馬主が泊まる部屋の扉の二つしかない。
扉はどちらも、同じ方角に並ぶようにつけられていて、裏口などは存在しない。窓は一つでカーテンが閉まっている。
二つの扉、一つの窓が全て、町の通りに向いてついていて、その通りはネビルによって完全に包囲されていた。
外にはネビルが銃器をもって、待ち構えている。およそ、十人態勢で火縄銃を宿に向け、二人が出てくるのを待っているのだろう。
この宿屋で朝まで身を潜めていてもを、時期にネビルは突撃してくる。袋の鼠とはこういうことを言うのだろう。
「こりゃ完全に包囲されてるな」
パイカーがカーテンを僅かに開け、その隙間から外を覗く。
「なんでここが包囲されていることが分かったんだよ。音なんて聞こえなかったぞ」
カーテンを閉め、振り向くとロイシェの顔を見て言った。
「まぁ勘かな、あとは気配とか」
「そんなものがあてになるか、偶然じゃねえか、俺はそんな曖昧なものは信じねえぞ」
「まぁ本当はこうなることが何となく分かってはいたんだけどな」
「それはどいうことなんだ」
パイカーは神妙な顔をしながらロイシェに尋ねる。
「まぁさっきの銃声がまずかったな、普通ならこんな夜中に発砲すれば、ここの主人が飛んでくるだろ。でもあんとき、誰も見に来なかった。あの主人、ネビルと繋がってやがるな、それであの発砲してからの時間を推測するに、このタイミングでネビルの軍団が集まると思ってんだ。」
「なるほど、お前もバカじゃねぇことだな。そういうかとか、やっぱり発砲はまずかったのか」
パイカーは舌打ちをした。
「まぁどっちにしろ、ネビルの息の吹きかかった主人ならあんたの居場所はとっくに割れていただろう。ここはそうやってネビルに媚びて、生計を立ててる奴も多いんだよ」
「全く、腐った国だな本当に」
パイカーは唇を噛みしめる。
「どちらにせよ、ここを突破しなければ、俺たちはハチの巣だ。でも両手挙げて、どうか殺さないでくれって叫びながら、泣いて懇願すれば、命だけは取られずに済むかもな」
「さっきのお前みたいにか」
ロイシェは苦笑いをする。
「でもパイカーあんたはどちらにせよ、殺されるだろう、あんた他国のスパイだろ」
「何の話だ?」
「もうとぼけなくてもいいよ、あんたの顔を見れば一目瞭然だ、ただの武器商人じゃねえだろ」
「このクソガキめ」
パイカーは舌を巻いた。
「大丈夫、俺もこの国が大嫌いだ。別に突き出す気はねぇよ。そんなことより今はこの状況を脱する方法を考えなければ」
「仕方ねぇな商品を使うか」
「いやそれはだめだ。ネビルに狙われてる身、王と正当な取引をしない限り、この国からは一歩も出れねぇ」
「そもそもその王に命じられて、このネビルとやらが俺を殺しに来たんだろ。そのおおもとに乗り込んで本当に大丈夫なのかよ」
「王の謁見に入っちまえばこっちのもんだ。この悪行は王と一部の文官によって組まれたもの、他の将軍や文官にこのことが知れてはならない。それに城に入ってしまえばネビルも手出しできなくなるからな。せっかく城に逃げ込んでも重要な商品がなかったら意味ないだろ」
「そうなのかよ、なら何としても城に辿り着かなくちゃいけないな」
二人は頭を抱えて考えた。ロイシェは周りを見渡し、さらに積み荷に何が入っていてかを洗いざらい思い出した。
そこでロイシェはある妙案を思いつき、パイカーに向かって、舌を出し、ニヤリと笑った。
「パイカー俺にいい考えがある」
パイカーは黙ってその妙案を聞いた。
************
ネビルの屯所は城下町のいたるところにあり、全ての屯所を合わせると、十二個あるとされている。国民を監視を徹底的に行っており、通報を受ければ五分もたたずに飛んでくるのである。
その屯所は城に近づけば近づくほど多くなる。そのため城下町の末端はおのすと治安が悪くなる。
パイカーとロイシェの泊まる宿屋を包囲したのは、宿から最寄りの屯所でそこに駐留するネビルの約半数がパイカーを捕まえるために動員された。
ロイシェの読みは正しく、ここの宿屋の主人は武器商人のネズミ捕りして、古くからネビルに慕われてきた主人であった。そのため、パイカーが宿に入ったあたりから目をつけていて、銃声を耳にすると、すぐに最寄りの屯所に通報したのだ。
ネビルは十四人いて、大通りに集まると、宿屋を扇型に包囲した。全員が火縄銃を構え、完全な武装態勢で包囲すると、屯所を指揮する所長が叫んだ。
「貴様らは、完全に包囲されている。あと十秒以内に両手を頭の上に乗せ、投降しなければ全弾撃ち込むぞ! 抵抗しても無駄だ。さぁさっさと姿を現しなさい」
パイカーからの返事はない。
所長は秒読みを始めた。集結したネビルに緊張が走る。皆、相手が武器商人であることは知っている、奴らはその商品で応戦してくるに違いない、そう思っていた。
所長の秒読みが残り三に達したとき、いきなり扉が開いた。ほんの少しだけ、開き、外に明かりが漏れる。
ネビル全員が引き金に指をかけると、何かが空に舞い上がった。所長はその謎の物体を目で追う。その物体が何なのか把握できない。
時刻は十二時を指している。そのため、月は頭上にあり、真上に投げられた物体と月が重なり、一体それが何のかわからない。
それと同時に、少し開いた扉はパタリと閉じた。
「爆弾だ!」
所長はそう言いながら振り返り、自分の部下たちの中に飛び込んだ。相手は武器商人である。もちろん火薬は沢山持っているだろうし、そのくらいの抵抗はしてくるだろう。所長はその先入観に捉えられ、それが爆弾だと思いこんだ。
それを聞いたネビルは三人で宙に舞う、物体を撃ち抜き、他の隊員は背中から盾を取り出し、その大きな盾で自分たちの身を隠した。
火縄銃の三弾は見事、その浮遊物に命中した。それが本当に爆弾なら、上空で、爆発し、その爆風で、宿屋の屋根は吹っ飛ぶだろう。その爆風に耐えるためにネビルは盾を持っているのだ。
しかし、爆発はしなかった。銃弾が当たった瞬間、瀬戸物が割れるようないびつな音が響き、少量の炎が上がっただけで爆発はしなかった。
明らかにそれは兵器用の爆弾ではない、所長が爆弾だと勘違いしたものはただの壺である。しかし、この時点でなぜ、壺から火が上がったのかは誰もわからなかった。
「囮だ! 大扉から姿を現すぞ!」
所長が叫ぶ。各員、構えていた盾をかなぐり捨て、火縄銃の銃口を大扉に向けた。しかしその時、今までで感じたことのないような激痛が目に走った。
次第にそれは目だけにとどまらず、耳や口、体の穴という穴にまで燃えているかのような激痛が広がった。
「毒ガスか!」
いたるところで悲痛の叫びが聞こえた。
ネビルがその謎の激痛により、大混乱に陥ったとき、宿屋の大扉は勢いよく開き、中から馬車が出て来た。
パイカーは大きな布を水で濡らし、それを自分の顔と馬の顔に巻き付けて、馬車を走らせる。
混乱するネビルは宿の大扉が開いたのを確認すると、無造作に引き金を引いた。その瞬間、火縄銃の火がなぜか体に引火したのだ。
「なんだこれは!」
ネビルはさらなる混乱に陥った。この今もなお浮遊し続ける謎の物質が一体何のも知らずに。辺りは朱色に染め上がっていた。
「とにかく、銃は使うな。体に引火するぞ」
所長はその光景を見ると、かすれた声で叫んだ。
ネビルの混乱の中で、所長は自分の肌に癒着した謎の粉の存在に気がついた。その粉は真っ赤で辺り一面を染め上げているものと全く同じものだった。
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