第2話 宿屋

 ロイシェは積み荷の中に潜り込み、じっとしていた。そのうちに気が付くと寝てしまって、もうどのくらいこの中にいたのかわからなくなってしまった。ロイシェはすはっと目を覚まし、すぐに隙間から外を確認した。するとまだ馬車で城下町の中を進んでいる。

 ロイシェはほっと胸を撫でおろす。


 この城下町はかなり広い、城下町全体が国になっていて、それを城壁が囲んでいる。城壁の中に町があり、外と通じる門はたったの四つしかない。


 集落はこの大きな城下町を主体とし、ほとんどの人間がここで暮らしている。つまり王都の総称として城下町という名前が付いた。


 外は数キロに渡って、平野と森が続いており、そこには基本人が暮らしてはおらず、そこで暮らしているのは動物くらいだろう。

 勿論、この城下町の末端は貧民街で凶悪な人間が暮らしているが、それでもこの城下町から追い出せれるものはたまにいる。その追い出された人間はこの広く続く、平野を一人で彷徨うのだろう。

 つまりこの国は都と呼べるものがこの城下町の一つしかないのだ。そのおかけで、この城下町はかなり大きく作られた。

 故に馬車で門を潜っても、城に着くまでは丸三日ほどかかる。しかし、あまりにもその中心にある城が大きく、圧迫感があるのでほとんどの人間はこの町がそこまで広くないと錯覚してしまうのだ。


 バーを出た時はまだ月が昇りかけていた頃だったが、もう月は真上に上っている。

 行商人は城からは一番遠い宿街を進んでいた。この宿街には沢山の宿屋が存在し、中には馬車ごと泊まることのできる宿屋も存在した。

 馬小屋のような車庫に馬車を止め、その馬車の横で主人も逗留するというシステムで成り立っている。

 この行商人もその宿屋に入っていった。


 宿屋の主人とやり取りをし、行商人はローブを脱ぎ、馬車を止めるとそのまま、隣の部屋向かって歩いた。

 馬はその車庫で水を飲んで体を休めている。その車庫のとなりに小さな部屋がある。その中で行商人は入り、ベットに寝転んだ。

 ロイシェは頃合いを見て、部屋の扉を静かに開けた。行商人は旅の疲れでもう熟睡している。ロイシェは行商人にゆっくりと近づいた。


「誰だ貴様は!」


 ロイシェが十分に近づいたところで、行商人が飛び起き、枕元から拳銃を取り出した。拳銃は火打ち式でもうすでに、火薬と弾は込められている。

 行商人はロイシェの姿を見ると、躊躇せずに発砲した。

 弾はロイシェの頭の先をかすめ、部屋の壁を突いた。


「待ってくれ!」


 ロイシェはすぐに手を上げ、自分には戦闘の意思がないことを必死に証明して、その場に膝と手を突き頭を床に擦り付けた。


「いきなり現れたのは悪かった。でも戦闘の意思はないし、お前を暗殺しようとしよとしている刺客でもない」


 ロイシェは死に物狂いで叫んで身の潔白を証明した。すると、行商人は拳銃を下げ、


「顔を上げろ」


 といった。ロイシェがゆっくりを顔を上げると、


「貴様何者だ。それになぜお前はここにいる!」


 行商人は威勢よく叫ぶと、ロイシェの額を靴で蹴っ飛ばし、そまま威嚇を続けた。銃は下ろしていいるもののまだ引き金には手をかけ、いつでも打てる準備はしている。


「俺はただの一般市民だ。危害を加えるつもりはない」


 倒れた体を起こし、再び両手を上げ、自分の身の潔白を証明した。しかし行商人の殺気は止む気配がない。

 その殺気がただの行商人ではないことを物語っている。間違いなく戦争を経験している殺気だった。


「俺はあんたの仲間にしてほしいんだ」


「なんだと、ガキのくせして、何ができるっていうんだ」


 行商人は嘲笑しながら言った。


「確かに俺はガキだ。でもこの国をことはお前以上によく知っているよ。だからまずその物騒なものを置いてくれよ」


 ロイシェは両手を上げたまま必死に懇願した。

 行商人は銃を持ったまま、ロイシェに近づくと腰と足、腕を入念にチェックした。この三つの部分に隠し武器があることが多い。

 行商人はその入念な身体検査を終えると、持っていた拳銃を床に置き、殺気を放つのをやめた。


「どっから潜り込んだんだ?地元の子供か」


 ロイシェはすぐに答える。


「まぁそんなところかな、でも怪しいもんじゃねえからな」


「そうかならガキが帰る時間はもうとっくに過ぎてるぞ、とっとと帰って寝ろ。こんなところに迷い込みやがって」


「迷い込んだわけじゃねぇよ」


 大きな声でそういうと、ロイシェは話を続けた。


「いや俺だってこんなところまで遊びに来たわけじゃねえ。とにかく金が必要で俺はお前の積み荷に忍び込んできたここまで来たんだ。今頃、戻れねえよ」


「なんだとこの野郎! 俺の積み荷の中だと!!」


 行商人は顔を真っ赤にして怒鳴った。今にもロイシェの頬を拳で殴りそうな勢いだった。


「じゃあてめぇあの積み荷の中身を見たんだな」


「それは……まぁ見ちまったけど……」」


「この野郎、それを知ったからには生かしちゃ置けねえ、ガキだろうとなんだろうとお前は見ちゃいけねぇものを見ちまったんだ。ここで死んでもらうしかねぇ」


 行商人は先ほど置いた銃を拾い上げ、再びロイシェの額に銃口を向ける。


「ちょっと待ってくれよ! 話を聞いてくれ」


「問答無用だ! ここで殺していやる」


 ロイシェはこの状況でいろいろなことを考えたが今の行商人をなだめる方法は見当たらなかった。


「畜生!!」


 ロイシェは叫んだ。


「撃つんだったら撃ちやがれ、だけど後悔することになるぞ」


 ロイシェは震えた声で叫んだ。


「そんなはったりが大人に通用すると思っているのか」


 行商人は依然として、銃を下げない。


「さぁなでもこれは俺からの忠告だ、この国があの愚王が今の今まで滅ばされないのには訳がある」


「そんなことは知っている、あのハルミドフ王の時代から仕えている兵が強いからだろ」


「それもあるがそれだけじゃねぇ。そもそも武器を売りつけるにしても、城までたどり着かなかったら意味がないだろ。俺はこの国に武器を売りつけに来た商人を何人も見て来た。しかし皆ネビルに捕まって身ぐるみ剥がされる。そして武器だけ奪ってあとは地獄行。これがこの国の戦法だ」


「なんだと、もうあの王とは密約済だ。そんなことありえない」


「それがあり得るんだよ。この国では」


「そんなバカな!」


 行商人は狼狽してロイシェの額から銃を離した。


「それが本当なら大問題だ。そんなことをやってきてよくこの国は潰れない」


「潰れないには理由がある。この国には貿易をするための太いパイプがある。だからこの国は成り立つ、王は糞でも、文官や将軍は一流だからな」


「つまり俺は奴らに騙されたってことか」


 行商人は唇を噛みしめた。


「それにしてもなんでお前はそんなにも詳しいんだ?」


「まぁここまでずっと、チャンスを狙ってきたんだよ、一獲千金をチャンスをそのためにたくさんの外部者を尾行したり、この城下町の地形を把握してきたんだよ」


「そんなことをやってきたよく殺されなかったなお前」


 行商人は溜息をついた。頭を抱え、銃を右手に持ちながら、うなだれている。


「まぁ俺はうまいからな」


 ロイシェは得意げに言った。


「おいガキ、じゃあ俺はそのネビルとやらに命を狙われているのか」


「ああそうだな。ここに居るのもばれたかもしれない。あと俺の名前はガキじゃないロイシェだ」


「そうかロイシェなら、すぐここは出たほうがいいかもな、ちなみに俺はパイカーだ。こりゃガキに世話になるかもな」


 パイカーはロイシェに向かって右手を差し出す。その右手をロイシェはしっかりと握った。


「よし契約成立だ」


「ああ、だがお前の話がもし、嘘と分かった場合はすぐに殺す」


「ああ分かっているよ、でももうそれは本当の話になったみたいだ」


 パイカーとロイシェがいる宿屋はもうすでにネビルによって包囲されていたのであった。

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